海心堂の温泉逍遥

日本一のおんせん県おおいた(別府八湯温泉道、奥豊後温泉文化伝)を中心に、九州の温泉(九州温泉道)の入湯記録

2018おおいた遺産 第2回モニターツアー ~県北(国東市)コース~ (後編)

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2018おおいた遺産

第2回モニターツアー ~県北(国東市)コース~

参加レポート

 

 20:00頃、講堂で「夜の勤行」が始まりました。15:00頃に始まる「昼の勤行」の続きで、僧侶の読経が行われますが、笛・鉦・太鼓の3名でお囃子をします。仏教の法会にお囃子が付くのは珍しく、神仏習合の特徴です。



 22:30頃、僧侶が経文に合わせて舞う、「立役」の行法が始まりました。


「①米華 2名の僧侶が香水棒・米・藁・餅を乗せた盆を持ち、足踏みをするように舞います。五穀豊穣を祈願する儀式です。


②開白 2名の僧侶が右手に香水棒を持ち、足踏みと共に上に突き上げたり、床を突いたりしながら舞います。立役に用いる松明の火の安全を祈願する儀式です。


③香水 2名の僧侶が向かい合って香水棒を打ち合わせながら、大きな動きで舞います。


④四方固 院主と長老の僧が、右手に太刀、左手に金剛鈴を持ち、講堂の東西南北を結界して、魔物の侵入を防ぎます。


⑤鈴鬼 2名の僧侶が男女の鈴鬼に扮して、右手に鈴、左手に御幣を持って舞います。最後に荒鬼を招き出します。」


 米華で藁と餅が参拝者に投げ与えられるのですが、大きな餅が私の顔の側に飛んできてびっくり、でもたった一つの餅をゲットできました。藁はお守りになるそうで、多くの参拝者が争って取っていました。


 22:00頃、2名の僧侶がお堂の後方の「鬼の岩屋」からタイレシに担がれて登場しました。クライマックスの「鬼走り」の始まりです。災払鬼と鎮鬼の2体の鬼とタイレシが「オニハヨー、ライショハヨー」と囃しながら前後左右に飛び、灯明を振ります。つづいて手をつないで輪を作り、参拝者が(お堂の)中に入って加持を受けます。松明で参拝者の肩などをたたき、無病息災の加持を行います。






 堂外からでは行法の詳細は分かりませんので、説明は国東市のパンフレットから一部引用しました。


 この時間から小雨が降りだしましたが、堂内を飛び出した鬼は地区の家々を回り、もてなしを受けます。鬼がお堂に戻るのは午前2:00を過ぎてからの事で、鬼役の僧侶はへとへとで歩けないほどになるそうです。



 このタイミングで我々はバスに戻り、帰り支度をしていると、鬼の一体がわざわざ我々のバスまで来てくれました。


 2:00頃、「地区を回った鬼が講堂に帰ってきます。鬼は暴れまわりますが、タイレシが押さえつけ、院主が鬼鎮めの餅をくわえさせるとしずまります。鬼は僧侶の衣に着替え。講堂で院主と長老の僧侶が「松明結儀頌」を唱えると、鬼会が終了します。」


 国東半島の六郷満山文化は、鬼が仏になった里「くにさき」として2018年、日本遺産に認定されました。「くにさき」の寺には鬼がいる。一般に恐ろしいものの象徴である鬼だが、「くにさき」の鬼は人々に幸せを届けてくれる。おどろおどろしい岩峰の洞穴に棲む「鬼」は、不思議な法力を持つとされ、鬼に憧れる僧侶達によって「仏(不動明王)」と重ねられていった。「くにさき」の岩峰につくられた寺院や岩屋を巡れば、様々な表情の鬼面や優しい不動明王と出会え、「くにさき」の鬼に祈る文化を体感できる。修正鬼会の晩、共に笑い、踊り、酒を酌み交わす――。「くにさき」では、人と鬼とが長年の友のように繋がれる。(日本遺産ポータルサイトより)


 国東半島に花開いた六郷満山文化は、宇佐八幡宮の権力と財力を後ろ盾に生まれましたが、次第に山里に土着して、決して豊かではなかった里人の心の拠り所となって行きました。今回拝観した「修正鬼会」は六郷満山の僧侶と里人が連綿として伝えてきた民族文化財です。しかし、過疎化の進展でこのような貴重な文化財さえも、存続の危機に瀕しているのです。偶数年に修正鬼会を行ってきた成仏寺では、2016年には主催の寺や協力する地元住民、檀家の高齢化などを理由に休止になりました。ボランティアの募集など、運営態勢を見直して負担の分担を図り、2018年には4年ぶりにようやく復活を成し遂げました。


 今回の拝観においても、なんら金銭的な見返りを求めてはいませんが、寺や集落の負担は小さくないと思います。地元の人以外の拝観にお布施を求めるとか、講堂内での拝観や駐車場を有料化するなどで財源を確保すること。ボランティアの積極的活用で外部からの人手を確保し、地元の負担を減らし、継続させることが求められているのです。


 山里の自然あふれる風景を残してほしいという思いが、過疎化に拍車をかけているとは言いません。が、部外者の身勝手さも否めません。


 六郷満山寺院は開山1300年祭を期に僧侶の代替わりが進んでいるそうです。宇佐・国東地域はクヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環として世界農業遺産に認定されました。里人が故郷に誇りと愛着が持てる文化を持ち、農林水産業の多様性を生み出してゆく事で、Sustainability(持続可能性)を維持してほしいと願うばかりです。




 今回のバスツァーは25:30に大分駅に到着し、長い長い日程を終えました。その日その時にしか出会えないおおいた遺産もあるので、今後も機会を見つけて参加したいと思います。

2018おおいた遺産 第2回モニターツアー ~県北(国東市)コース~ (前編)

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2018おおいた遺産

第2回モニターツアー ~県北(国東市)コース~

参加レポート

 一般社団法人大分学研究会の主催で行われた「2018おおいた遺産モニターツアー 第2回県北(国東市)コース」に参加してきました。折から大寒波の襲来で、深夜に及ぶ祭礼に躊躇する気持ちもありましたが、翌日が祝日という願ってもない日程でしたので、思い切って参加する事にしました。

 14:30に大分駅前に集合した参加者はいつもの小型バスに乗り込み、途中で別府からの参加者を乗せ、総勢24名で国東半島に向けて出発しました。



 国東六郷満山の「修正鬼会(しゅじょうおにえ)」は国指定重要無形民俗文化財となっています。国東市の成仏寺と岩戸寺が各年交代で、成仏寺は旧正月の5日に、岩戸寺は旧正月の7日に近い休日に、豊後高田市の天念寺では毎年旧正月の7日にとり行われています。



 国東市教育委員会文化財課のパンフレットには、修正鬼会は、国東半島の六郷満山寺院を中心に行われてきた春を迎える伝統行事です。地域では「鬼会(おにお)」とか「鬼夜(おによ)」と呼んだりもします。

 平安時代に都の各仏教寺院で「修正会}という正月の法会が行われるようになり、各地の寺院にも広がり、鎌倉時代にはこの国東半島地域にも入っていたようです。そして六郷満山寺院では、この地域で行われていた「鬼会」という行法と結びつき、独自の「修正鬼会」が生まれたと考えられています。

 現在、寺々に残されている鬼会面などから、江戸時代の初め頃から盛んに行われていたようです。

 六郷満山の寺院は、決して大きな寺院ではありませんでしたが、領主の厚い保護を受け、領地や多くの僧を抱えていたことから、各寺院で「修正鬼会」を行うことができました。しかし、明治時代になると、保護する領主もなくなり、寺僧も減少したことから、六郷満山の寺々は東・中・西組に分かれ、各組内で相互に加勢しあう方法をとり、およそ20の寺院で「修正鬼会」を行っていました。現在では東組が国東市の成仏寺と岩戸寺で交互に行い、西組が豊後高田市の天念寺で行うだけとなっています。 修正鬼会は寺の僧侶だけでなく、地域の人々が様々な役割を担っています。このことは、六郷満山寺院と地域の結びつきの強さを示すものと考えられています。

 仏教儀式でありながら農耕儀式や庶民信仰をも含んだ儀式として、昭和52年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。と説明されています。


 修正会としては、福岡県の太宰府天満宮の「鬼すべ」や、久留米市の大善寺玉垂宮の「鬼夜」などが有名です。奈良東大寺の「お水取り」は、旧暦の二月に行われる「修二会」という儀式で、修正会と同じような儀式と考えられます。

 まずは明日、修正鬼会の行われる豊後高田市の長岩屋山天念寺を訪れました。前を流れる長岩屋川と断崖絶壁の天念寺耶馬に挟まれた狭い土地に寺はあり、講堂・六所権現社(現:身濯神社)だけが建っている無住の寺です。本堂と庫裡は昭和16年10月1日の集中豪雨で流出してしまい、本堂の再建資金を得るために、国の重要文化財である阿弥陀如来立像が埼玉県の寺院に売却され、その後大分県などによって買い戻され、今は近くの「鬼会の里」の収蔵庫に収まっています。






 長岩屋川の流れの中に巨岩があり、三体の仏像が刻まれています。これが、通称「川中不動」と呼ばれる磨崖仏で、高さ3.23mの不動明王と二童子(制多迦童子、矜羯羅童子)の像で、室町時代に治水の願いを込めて造られたと伝えられています。



 裏山の天念寺耶馬は2017年10月に無動寺耶馬と共に国の名勝に指定され、山中には六郷満山峯入りの修行場のひとつ石造アーチ橋の「無明橋」があります。




 国東市の割烹川口屋で夕食をとった後、今日の修正鬼会の舞台となる岩戸寺に向かいました。とっぷりと陽が暮れた中を県道でバスを降り、岩戸寺までの細い道を400mほど登ってゆくと、小さな谷の奥にささやかな集落があり、さらにその奥にたき火の明かりにぼんやりと照らされた寺が見えていきました。打ち鳴らされる梵鐘の音と、僧侶の吹くホラ貝の音、そして参拝者のざわめきが聞こえてきます。



 18:30頃、参道の入り口に人だかりができ、8人のタイレシ(後で大松明を運び上げたり、荒鬼の介添役となり、鬼とともに加持を行う役)が谷川で身体を清める「垢離取り」を見守っていました。

 19:10頃、本堂で「盃の儀」が始まりました。院主(当寺の住職)とタイレシが杯を交わして縁を結び、鬼会が無事執行されることを祈願する儀式です。裃姿の二人の少年が両者にお酌をしていました。



 19:30頃、本堂での儀式が終わり、院主らの僧侶が講堂に向かいますが、参道を照らすため大松明(オオダイ)に火がつけられ、タイレシがかついで参道を上り、六所権現と薬師堂に献灯する「タイアゲ」が行われます。




 本堂から講堂へ上る参道沿いに国の重要文化財の国東搭があります。国東市のHPによれば、「銘文のある国東塔としては最古、しかも気品のある最優秀作である。総高3.29m。塔身の刻銘により弘安6年(1233)に納経のために造立。各部の均整がとれ気品があり、優美な塔である。鎌倉時代」とあります。



(後編に続く)

別府温泉 海門寺温泉

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別府八湯温泉道 No.3

別府温泉 海門寺温泉

 

♨慶長豊後地震で一夜にして海に沈んだ海門禅寺♨

 

平成31年2月2日訪問

 

 海門寺温泉というのは、隣接する曹洞宗の宝生山海門寺に由来する名前です。豊臣秀吉の治世に慶長豊後地震が発生し、別府湾に浮かんでいた久光島と瓜生島(沖ノ浜との説もある)は一夜にして海に沈んでしまいます。この久光島にあったのが海門禅寺で、その後に今の場所に再建されたそうです。



 慶長大地震は9/1に伊予地震、9/4に豊後地震、9/8に伏見地震が連続して起こり、いずれもM7以上の大地震でした。

 宣教師ルイス・フロイスは「豊後の国について」で、「府内からマイル三哩(約4.8km)離れて、沖ノ浜と呼ばれる大きな村があります。多くの船の寄港地であり揚陸地です。(中略)夜間突然あの場所に風を伴わず海から波が押し寄せて来て、非常に大きな音と大きな力で、その波は町の上に7ブラッチョ(約4m)以上も立ち上ったとのことです。その後、高い古木の頂から見たところによると、気狂いじみた激烈さで海はマイル一哩(約1.6km)も一哩半(約2.4km)以上も陸地を浸食し、波が引いたときには沖ノ浜の町には何も残っていませんでした。」と報告しています。

 2017年に政府の地震調査委員会は、国内最大の断層帯である中央構造線の西の端が大分県まで達しているとする新たな評価を公表しました。すると慶長三地震は中央構造線上で連続して起こったことになります。四国電力の伊方原発はこの上に建っており、とんでもなく危険な原発なのです。



 湯は自家源泉で、47℃の重曹泉です。2010年に建て替えられ、別府市営温泉としては初めて熱湯とぬる湯の二槽式になりました。


 

【分析書データ】ナトリウム-炭酸水素塩泉、47.3℃、PH7.5、成分総量1204mg、無色・澄明・無味・無臭 22/1/27

 

入浴料 0円

別府亀川温泉 四の湯温泉

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12-51/1088  
別府八湯温泉道 No.67

別府亀川温泉 四の湯温泉

 

♨温泉として利用できるギリギリの温度まで下がっています♨

 

平成31年2月2日訪問

 

今日の2湯目は亀川四の湯町のこちらです。

 この町の西側には急な傾斜の大観山があり、湯けむり展望台や貴船城、国指定史跡の鬼の岩屋古墳などがあります。大観山は約30万年前の噴火で形成されたドーム型火山の跡で、実相寺山やお猿の高崎山と同時代の古い時代の火山です。

 その麓と海岸の間の南北に細長い土地が亀川温泉で、大観山の向こうは血の池地獄や龍巻地獄のある柴石温泉です。鉄輪断層に沿って明礬温泉から流れ下った来た高温の源泉は、ここでついに海と出会い、海岸のいたる所で砂湯として湧き出していましたが、日豊本線や国道10号線が海側に敷設されるにつれ姿を消し、今の市営海浜砂湯は砂を貯めたプールを引き湯の温泉で温めたものなのです。



 ここの分析書が新しいものに変わっていました。泉温は45℃で、温泉として利用できるギリギリの温度まで下がっています。真ん中で仕切られた浴槽のそれぞれに給湯口が作られて、どちらもほとんど同じ温度になってしまいました。



 男湯は西側の高い位置に窓があり、柔らかな光が差し込んで、湯をキラキラと輝かせているのです。

 

【分析書データ】単純泉、45.0℃、PH7.7、成分総量691mg、無色・澄明・無味・無臭 H30.8.3 メタケイ酸180

 

入浴料 100円

別府浜脇温泉 湯都ピア浜脇

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12-50/1087  
別府八湯温泉道 No.35

別府浜脇温泉 湯都ピア浜脇

 

♨明日は第68回別府大分毎日マラソンが開催されます♨

 

平成31年2月2日訪問

 

 大分市と別府市を結ぶ別大国道、明日はここを舞台に「第68回別府大分毎日マラソン」が開催されます。正午に高崎山うみたまご前をスタートし、亀川駅近くで折り返し、もう一度別大国道を大分市へ向かい、大分市の東部:三佐田交差点で折り返し、大分川河畔の大分陸上競技場をフィニッシュとする平坦なコースです。1963年に世界新記録を出した寺澤徹、メキシコ五輪で銀メダルをとった君原健二、78年に日本人として初めて2時間10分の壁を破ったの宗茂など、あまたの名ランナーを輩出しています。



 今年は2020年東京オリンピックの日本代表選手選考会「マラソングランドチャンピオンシップ」(MGC)への出場権を獲得できるレースに指定されていて、新たな候補者が現れることが期待されています。

 そして中電工の二岡康平、大分西高校出身で青山学院大学からGMOアスリーツに進んだ橋本崚、MHPSの岩田勇治の3人がMGCの出場権を手に入れました。(画像は前日のうみたまご前の様子です。)

 さて湯都ピア浜脇ですが、2009年9月以来9年半ぶりの再訪です。器具を使って運動するトレーニング室があったり、浴室外に歩行浴があったりします。ヨーロッパのクアハウスをモデルにしているそうですが、なんだか中途半端な感じがしました。



 浴室内にサウナがあったのですが、オープン時は箱蒸し湯だったらしく、それなら別府に相応しいのですが、機械式サウナはちょっとねぇ。入口の温泉カルテに運動浴は浜脇源泉と書かれていましたが、本当なら貴重な自家源泉ですね。ただ、雲泉寺タンクからの引き湯に変わっているような気がします。


 

【分析書データ】単純泉、64.1 PH87.4、成分総量765mg、無色・澄明・無味・無臭(雲泉寺タンク) H28.3.17 メタケイ酸159

 

入浴料 0円