海心堂の温泉逍遥

日本一のおんせん県おおいた(別府八湯温泉道、奥豊後温泉文化伝)を中心に、九州の温泉(九州温泉道)の入湯記録

鉄輪温泉 熱の湯温泉

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別府八湯温泉道 No.39

鉄輪温泉 熱の湯温泉

 

♨40℃そこそこのぬるい湯だった♨

 

令和元年12月8日訪問

 

 建物の裏、鉄輪断層の崖下に旧熱の湯泉源跡が残されています。「熱」というからにはかなり熱い湯が湧いていたのだろうと思っていたら、さにあらず、40℃そこそこのぬるい湯だったそうです。その証拠にすぐ下にここの湯を引いていた洗濯場跡があり、旅館の女中さんがタオルやシーツを洗っていたそうです。熱湯で洗濯はできませんからね。そのぬるい湯が体の熱を冷やしてくれたから熱の湯というのだそうです。



 それにしても噴気立ち昇る地熱地帯の鉄輪に、そんなぬるい湯が湧いていたというのが不思議です。断層崖から湧き出す湧水があり、それが温泉と混じりあってぬるい湯になったのでしょうか。



 今使われている源泉は永福寺の境内の側にあります。成分総量4.5g超の食塩泉で、メタケイ酸は689.6mg、PH4.1の弱酸性です。まさに美肌の湯と呼ぶにふさわしい泉質です。

 

【分析書データ】ナトリウム-塩化物泉、83.4℃、PH4.1、成分総量4535mg、無色・澄明・弱塩味・無臭 H21.3.10 市有渋の湯上泉源 メタケイ酸689.6

 

入浴料 無料

別府温泉 永石温泉

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別府八湯温泉道 No.6

別府温泉 永石温泉

 

♨弘法大師の開湯伝説が伝わっています♨

 

令和元年12月8日訪問

 

 別府八湯は源泉が多すぎるためか、開湯にまつわる伝説は少ないのですが、ここは例外的に弘法大師の開湯伝説が伝わっています。


 HP「ふるさとガイド」によれば、「伝説によれば、弘法大師が西国巡錫の(じゅんしゃく)際に、日照り続きのこの地を訪れ、一杯の水を所望したところ、老婆が水を恵んでくれた。その老婆に感謝し、空に投石をすると、落ちた場所より湯水が湧き出したことから「投石の湯」とよばれ、後に「永石の湯」となったとのことである。」とあります。


 お大師様が水を所望し、その礼に湯が湧き出したというのが、別府らしいというか、作り話っぽくて笑ってしまいます。



 いつもは肌に痛いほど熱く、湯温が47℃を超えることもあるのですが、この日は少し物足りない程の適温でした。トイレが外からも使えるようになっているのが、ちょっと不思議です。



 また、この場所は別府警察署の跡だそうで、最初は南町、そしてここ、浜町、餅ヶ浜を経て、今は田の湯町の旧「つるみ荘」跡地にに移転しています。

 

【分析書データ】単純泉、48.9℃、PH7.8、成分総量888㎎、無色・澄明・殆ど無味・殆ど無臭 21/11/30

 

入浴料 ¥100

観海寺温泉 向原温泉

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別府八湯温泉道 No.207

観海寺温泉 向原温泉

 

♨24時間ずっと温泉が造成されている♨

 

令和元年12月7日訪問

 

 この朝は冷え込みました。大分自動車道の玖珠SAでは2℃まで下がりました。


 こんな日は温泉で温まるに限るという訳で、こちらに立ち寄りました。側溝に流れ出た廃湯が白い湯気となり立ち上っていました。



 浴室に入ると硫黄の香りが立ち込めていて、心が湧きたちます。湯はやや熱めの44℃で、たちまち冷えた身体を温めてくれます。



 ここは別府市の温泉給湯事業石垣線の最上部に当たります。井路で引かれた湧水に、堀田泉源の噴気を当て造成された湯は、さらに尾の上泉源を加え、西別府病院、九大別府病院、鶴見病院などを経て、別府観光港あたりまで送られます。その量は一日に3000石、1,080㎘にもなります。湧水も噴気も四六時中湧いていますので、24時間ずっと温泉が造成されているのです。

 

【分析書データ】単純泉、78.0℃、PH6.4、成分総量854mg

 

入浴料 ¥100

片の瀬温泉 湯元 小林

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 その他の温泉 福岡県久留米市田主丸町菅原2251番地2

片の瀬温泉 湯元 小林

 

♨筑後川河畔の一軒宿の温泉地♨

 

令和元年12月1日訪問

 

 大分から久留米に戻る途中に立ち寄りました。筑後川流域には色々な温泉が点在していますが、古くから知られているのは天ケ瀬温泉や筑後川温泉、原鶴温泉ぐらいで、あとは戦後になって温泉の掘削に成功したところです。

 そもそも河川は古い断層の跡と考えられますので、地中に源泉があり、何らかの要因で自然湧出していたのが古くからの温泉地なのです。

 近年、ボーリング技術の発展に伴いあちこちで温泉が掘削されました。筑後川水系では下流から、大川市・久留米市・朝倉市・うきは市・日田市・玖珠町・九重町などに温泉が点在しています。

 片の瀬温泉の開湯・歴史は不明ですが、昨日今日の温泉地ではなく、往時は複数件の温泉旅館があった気配がします。今は「湯元小林」のみが営業を継続しており、一軒宿の温泉地になっています。


 浴室に入ると湯気が立ち込めて、照明が暗く、湯色が判然としませんが、黄色味を帯びたナトリウムー塩化物・炭酸水素塩泉で、ヌルヌル感が強く感じられました。源泉は34.1℃ですから加温されていますが、たっぷりの掛け流しでいい湯でした。


 

【分析書データ】ナトリウムー塩化物・炭酸水素塩泉、34.1℃、PH7.8、成分総量、淡黄色・苦味・微硫化水素臭 H17.2.24

 

入浴料 ¥600

地獄ハイキング 「鶴見岳下山コース」ガイドレポート(後編)

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地獄ハイキング 「鶴見岳下山コース」ガイドレポート(後編)

温泉マイスター シニアマイスター 甲斐 心也


 標高1,375mの鶴見岳山頂に到着しました。ここからは北方に伽藍岳や大平山(扇山)が見えるはずです。別府市が編纂した「文化的景観 別府の湯けむり景観保存計画」には次のような記述があります。「高平山火山南方の大平山(792m)をなす火山で、角閃石安山岩と付随する火砕岩からなる。東側山体は緩やかな斜面をなし、浅い谷が多数入っている。山頂西側はかなり開析が進んでおり、急崖をなしている。」 また、大平山は地震による山体崩壊の跡と考えられ、人の手により毎年、山焼きが行われてきたため、今の様な姿になっています。」





 ここで鶴見岳の火山活動史をまとめておきます。国交省の「日本の活火山」からの引用です。「鶴見岳は,約6万年前より古い時代から噴火を継続している。しかし,鶴見岳の大部分を構成する溶岩は,約3万年前の姶良火山灰(AT)と,約7300年前の鬼界- アカホヤ火山灰(K-Ah)の間に噴出している。地形的には最も新しい山頂からの溶岩流も,K-Ahよりやや古い年代である。最新の噴出物は鶴見岳火山灰であり,約1800年前に山頂付近で発生したブルカノ式噴火によるものである。」 後で出てくる平安時代867(貞観9)年の噴火は水蒸気爆発で、溶岩や火砕流が流れ出したものではなかったようです。



 馬の背方面展望台まで降りてきました。ここからは鞍ケ戸・船底・内山・伽藍岳が遠望できます。また、豊後富士と呼ばれる由布岳の山頂部や、鶴見岳の噴火口である赤池噴気孔も見えるはずですが、霧に隠されていました。大分県が作成した「鶴見岳・伽藍岳火山防災ガイドブック(2)によれば、「鶴見岳山頂北側に噴気孔(地獄谷赤池噴気孔)があり、また火山群北端の伽藍岳には強い噴気活動が見られます。」とあります。近年では「1949(昭和24)年に鶴見岳の地獄谷赤池噴気孔で噴気活動が、1974-75(昭和49-50)年には、周囲に小石を吹き飛ばす噴気活動がありました。





 いよいよ下山を始めました。大小の火山岩と滑りやすい黒ボク土の急斜面を下ります。途中、南方に志高湖や城島高原が見えました。ふとももが張って足が前に出なくなるのを感じます。陽が陰って気温も下がって来たようです。この登山道は毎年4月に開催される「鶴見岳一気登山大会」のコースなので、ピンクと青のビニールテープが100m毎に枝先に結ばれているので、道に迷う心配はありません。









 ようやく御嶽権現社まで下ってきました。ここは火男火売(ほのおほのめ)神社の中宮に当たります。頂上に奥宮、麓の火売町に本社があります。大分県観光情報公式サイトには、「社伝によると771年(宝亀2年)に創祀されたとされています。鶴見岳の男嶽、女嶽の二峰を神格化した火男、火売の二神をお祀りしている社です。867年(貞観9年)120日に鶴見岳が噴火した際、朝廷から豊後国司への命で当社の神前で大般若経が読まれ、当社には噴火を鎮めた効により従五位上が授けられたとの記録があります。1276年(建治2年)には、九州各地を勧進していた一遍上人が立ち寄り、鶴見権現の導きにより「玖倍理湯の井」を鎮めて鉄輪温泉の石風呂(蒸し湯)を開いたとされ、別府八湯の守り神として信仰を集めています。」と紹介されています。






 参道の石段脇に大きな公孫樹の木があり、落葉が一帯を覆い尽くしています。木々の間から差し込む陽の光に映えて見事な光景です。石段の途中に湧き水があり、乾いたのどを潤してくれました。






 ゴールの権現社駐車場に到着しました。本来はスタート地点まで戻るはずですが、過酷なコースを想定して、あらかじめここまで車を回しておきました。車に乗り込む瞬間に、山頂に夕陽が差して、山全体が茜色に染まりました。









 気温の低下、霧に包まれた山頂、辛く苦しい下山道、下見をサボった事が完全に裏目に出てしまい、参加者の皆さん本当にお疲れ様でした。



 次回は来年度の4月の予定です。別府温泉地球博物館のHPで告知しますので、お楽しみに!!