海心堂の温泉逍遥

日本一のおんせん県おおいた(別府八湯温泉道、奥豊後温泉文化伝)を中心に、九州の温泉(九州温泉道)の入湯記録

長者原温泉 オーベルジュ・コスモス

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長者原温泉 オーベルジュ・コスモス
 

~目の覚めるようなオレンジ色の湯~

シニア・マイスター 甲斐心也

【この記事は温泉マイスター協会のメールマガジンに投稿したものを転載しました。 】

 今回はシニア・マイスターの甲斐が、大分県九重町の長者原温泉のオーベルジュ・コスモスを紹介します。

 九重飯田高原の玄関口である長者原、シーズンには多くの登山客で賑わいます。また、目の前に広がるタデ原湿原は、「山岳地域に形成された中間湿原では、国内最大級の面積を持つことなどから、国際的にも重要な湿地であると認められ、200511月に坊ガツル湿原とともに「くじゅう坊ガツル・タデ原湿原」として、ラムサール条約に登録(長者原ビジターセンターHPより)」されています。

 

 高原の木立の中に佇む小さな洋風旅籠のここは、県営の国民宿舎がリニューアルされて2011年にオープンしました。2017年2月19日の入湯記では、「浴室に入ると黄土色の内湯が目に入る。ここの湯は「長者原源泉」といい、近くの「法華院温泉別館 花山酔」と共用のようだ。鉄()を7.5mg含み、赤みの強い濁り湯となっている。露天風呂に出ると、やわらかな冬の陽光が燦々と差し込んで、目にも鮮やかなオレンジ色の湯が湛えられていた。」と記述していました。

 

 「おんせん県おおいた」で赤い湯といえば、まずは「血の池地獄」が思い浮かびますが、残念ながら足湯のみで入浴する事はできません。由布市の下湯平地区に「下湯平温泉 幸せの湯」という名湯がありましたが、残念ながら閉鎖されてしまいました。臼杵市の「鷺来ヶ迫温泉 俵屋旅館」の加温浴槽も見事なオレンジ色の濁り湯で、同じ九重町の「筌ノ口温泉 共同浴場」の湯や、竹田市久住の「レゾネイトクラブくじゅう 紅殻の湯」、由布市の「高崎山温泉 おさるの湯」の紅茶色の湯などがあげられます。

 

 

前回までは「単純泉」との表記でしたが、新しい分析書は「カルシウム・マグネシウム-炭酸水素塩・硫酸塩泉」に変わっていました。長湯温泉の土類泉に鉄分をたっぷりと溶かし込めば、ここのような湯色になるのです。「カルシウム-硫酸塩泉」は旧泉質名では「石膏泉」です。また、遊離二酸化炭素を349mg含有する「重炭酸土類泉」でもあり、マグネシウムやカルシウムの土類成分が強く、保湿成分のメタケイ酸を349mgも含むものの、湯上りは肌にカサカサ感が残ります。硫酸塩泉は血圧の降下作用があり「脳卒中の湯」とされ、その鎮静効果から「傷の湯」「痛風の湯」ともされます。とにかく、複雑な成分を持つ個性的な湯なのです。

 

1枚¥1,000で長者原温泉郷の3湯が楽しめる「温泉手形」が発売されていますので、これを購入するとお得に湯巡りが楽しめます。

 

近くの民家に豊後国風土記の朝日長者伝説(長者原という地名も朝日長者に由来)に登場する「念仏水」があります。このあたりは昔、熱湯を吹き上げる地獄地帯だったのですが、長者が裏の合鴫山に財宝を埋め、秘密を守るため人夫や牛馬をこの地獄に投げ込んで殺してから、冷水が念仏を唱えるようにブツブツ湧き出したそうです。

 

 


長者原から牧ノ戸峠に向かう県道別府一の宮線沿いには、摂氏14℃の冷鉱泉の「寒の地獄温泉」や、酸性緑礬泉や硫黄泉の大露天風呂のある星生温泉九重星生ホテルの「山恵の湯」などの名湯が点在しています。





 

長者原温泉 オーベルジュ・コスモス 

大分県玖珠郡九重町田野2281

0973-79-2221

11:0015:00

\600


七里田温泉「下湯(ラムネの湯)」

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七里田温泉「下湯(ラムネの湯)」 
~凄まじい泡付きに驚愕~

シニア・マイスター 甲斐心也


 【この記事は温泉マイスター協会のメールマガジンに投稿したものを転載しました。 】

 今回はシニア・マイスターの甲斐が、大分県竹田市久住町の七里田温泉「下湯(ラムネの湯)」を紹介します。

 「日本一の炭酸泉」で知られる竹田市の長湯温泉から、車で10分ほどの静かな農村地帯にあり、もともとは地区の共同浴場だったのが、一般に開放されています。


 

 温泉研究家の郡司勇氏が『私も日本一の炭酸泉は、ここだと思っています。名湯ですね。身体が泡発生器になったような温泉は、全国広しといえども、ここが第一ですね。』と語るほどに、多くの温泉ファンが名湯として認めています。私はここに特別な思い出がありますので、その事を含めてご紹介しようと思います。

 

 

ここに初めて訪れたのは今から48年前、学生時代にサークルのキャンプの帰りでした。当時はまったく世間に知られておらず、地元民のみが利用するジモ泉でした。浴舎は今よりずっと質素(ボロ)で、かなり長い階段を下った先に、今とおなじ浴室があったと記憶しています。しかし、浴舎の場所は今と同じですから、「かなり長い階段」は記憶違いでしょう。当時は「炭酸泉」というものも知らず、タオルを何度洗っても泡が消えないのに閉口した事を思い出します。


 

 

平成28年4月16日、震度7を記録する熊本地震が発生し、ここも激しい揺れに襲われました。その直後に、「ここが地震の影響で休業しているとの情報を聞き、尋ねてみた。やはり、温泉館の入り口には「休業中」の張り紙があったが、「木の葉の湯」は通常通りの営業だ。受付の方に伺うと、湯量が低下し、泡付きが弱くなっているので休業しているとの事だった。「よければ無料でいいので、後で感想を教えてください」とのありがたい言葉をもらい、早速浴舎へ向かった。常連の先客が一人おられ、浸かってみると確かにいつもの泡付きではない。泡は付くのだが、泡が徐々に大きくなって、次々と肌から離れていく感じがないのだ。湯温も34℃ほどで、いつもよりぬるめだ。浴槽の縁から流れ出る湯の量はいつもと同じぐらいで、湯量の低下は気にするほどではない様だ。浴後、無人の女湯を覗いてみると、湯が濁っており、オーバーフローする湯もごくわずかで、こちらの影響が深刻のようだ。ここは自噴泉なので、元通りになるのを待つしかない様だ。はやくいつもの泡付きを取り戻すことを心から願いたい!!!」(平成28年4月29日入湯記より)

 

 この時は、長湯のラムネ温泉館が地震の影響で泡付きが凄くなったと聞き、駆け付けてみたりもしました。そして、2カ月ほどして源泉の状態も元に戻り、営業を再開したとの報に接し、ほっと胸をなで下したものでした。




 

泉質名は「含二酸化炭素-マグネシウム・ナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩・硫酸塩泉」で,泉温36.3℃,PH6.3,成分総計4,443mg/kgです。




 

現地案内板に「七里田温泉今昔物語」として、以下の説明があります。「この七里田温泉地帯は大船山などの噴火が終って弥生時代から古墳時代には温泉を中心に大変栄えていた様で、それを多数の住居跡や木の葉の石が物語っています。(中略)父宗暦は鎮則に(出湯の儀在所の飾りに候間方式修理掃除当申付事云々)温泉はこの地方の宝なので土地の決め事を守って修理や掃除などの怠りこと無い様に申し付けなさいという教訓状を与えている。後に播州三木城より転付してきた岡城主三代目中川久清などは、寛永三年(1663)に、ここに御茶屋建て湯治に使っていた記録が残っていて当時(湯守の人を置き)米一石五斗を与えて、温泉の管理に当たらせたようです。明治四年には四室二十二畳と十二畳の二戸を建て一日いくらかの家賃で一般の人も利用していたようである。湯治の温泉は神の湯・御殿湯・上の湯・下の湯・新湯など多くの温泉があったようで遠くから湯治客や、商人などが集まって賑やかな温泉場であったようで大変歴史の古い温泉場です。この下湯はその名残を今に留めています。」

 

遊離二酸化炭素の含有量は1,113mg/kgで、源泉温度36.3℃であれば、炭酸泉としてそれほど優位性のある数値ではありません。ちなみに長湯の「ラムネ温泉館」は32,3℃でCOは1,380mg、九重筌ノ口の「山里の湯」は38.3℃でCOが1,800mgです。

では、なぜこれ程の泡付きがあるのかですが、一つには源泉と浴槽の距離が近い事でしょう。浴舎の裏に源泉口がありますが、ポリパイプが突き出ているのがそれで、浴槽までは1m以下の至近距離です。二つ目は浴槽の大きさに対して源泉の投入量が多いのです。鉄分で赤く染まった湯縁全体からあふれ出して、洗い場を洗い流しています。つまり、鮮度の高い源泉が浴槽に常に大量供給されているという事なのです。




 

京都大学名誉教授の由佐悠希先生によれば、七里田温泉や長湯温泉の二酸化炭素泉はプレートテクトニクス理論で説明できるそうで、「2億年もの時間をかけて太平洋を移動してきた海洋プレートは、アジア大陸のプレートにぶつかり、その下に沈み込んでいる。長湯温泉の炭酸ガスはマグマ起源で、その炭素の約70%は海で生成された炭酸塩起源である事がわかっている。プレートに乗っていた堆積物中のサンゴや貝殻などのカルシウムが、マグマに取り込まれ炭酸ガスとなったもの」との事です。

 

不感温度なのでいつまでも浸かっていられますが、二酸化炭素の働きで血管が拡張して血行がよくなり、じわじわと体の内側から温まってくるのが感じられます。一人の入浴時間が長くなってしまうため、いつでも込み合っているのが難点ですが、いつまでの大切に残しておきたい名湯です。

 

七里田温泉「下湯(ラムネの湯)」 

大分県竹田市久住町有氏4059-1

0974-77-2686

9:0021:00

¥500

大分市 大深度地熱温泉 ~非火山性温泉の魅力~

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大分市 大深度地熱温泉 ~非火山性温泉の魅力~


【この記事は温泉マイスター協会のメールマガジンに投稿したものを転載しました。 】

 


 あまり知られていませんが、大分市は源泉数242、湧出量17,235L/分で、国内有数の温泉都市です。しかも一般的な「火山性温泉」ではなく、「大深度地熱温泉」といい、地下600~1000mの深さから湧き出している非火山性温泉です。古生代に堆積した植物が腐食して熱を発し、温泉になっているそうで、何万年後かには「石油」になるのだそうです。そのため、色はコーヒーや紅茶に喩えられ、ほのかな甘い油の香りと、スベスベの湯ざわりが魅力的です。大分市で温泉の採掘が始まったのは昭和39年のオイルショックの時、現在では市内には銭湯や立寄温泉施設、ホテル・旅館など32か所以上の施設があります。



最初に紹介するのは、丹生温泉「和みの湯」です。キャノン大分工場に程近い、小高い丘の上にポツンと建つこの施設は、地元振興策として大分市が開発し、その後の施設整備は丹生校区振興会も協力、管理運営は大分市福祉会が行っています。ナトリウム塩化物泉の湯は、薄黄色にかすかに緑色が伺えるものです。丁寧な湯使いで、成分総量5g超のツルツル濃厚湯が生かされています。設備の清潔さに好感がもて、心地よく使える湯です。



 

次は市内中心部のビジネスホテル・クドウの「金池の湯」です。大分駅から車で3分ほどの市街地のビジホですが、知る人ぞ知る名湯です。平成23年11月のオープンで、当初は砂が混じるカサカサ感のある湯でしたが、今ではすっかり落ち着き、弱めの香りを伴う極上のモール泉になっています。清掃が行き届き清潔な浴室、芳しい香り、ツルツル感のある上質な湯触りの一級品の湯です。

冬に空気の乾燥でお肌がカサカサになった時は、ここの湯ですぐにツルツルになりますので、お試しください。

 



 

もう一つ、秘湯をご紹介しましょう。大分市の中心部から国道10号線を県南方面に進み、府内大橋を渡った先の宮崎集落の奥まった所にある「宮崎郷温泉」です。地区の自治会長を永く勤められた方が、地区への恩返しとして開設したものです。湯は弱アルカリ性のモール泉で、43℃の源泉が多量に掛け流され、洗い場の排水が間に合わない程です。湯の色や香りからはそれほどの濃厚さを感じませんが、塩化物イオンが多く含まれるため、なかなかの入り応えがあります。場所が分かりにくいのがやや難ですが、掃除が行き届いて気持ちよく利用できる、お勧めの一湯です。



 

最後に紹介するのは「塚野鉱泉」ですが、ここは古くからの湯治場で自然湧出泉ですから、大深度地熱温泉とは言えません。大分市内とはいえ、仙境の佇まいを見せる山里にわずか一軒の旅館(少し前までは4軒の湯治宿がありましたが、次々と廃業し今は素泊まり専門の山水荘だけになりました)があるだけの場所に、霊泉が湧いています。明治17年に開湯の歴史ある湯治場ですが、早朝から大量に源泉を飲み、腹下しを起こして胃腸を洗浄するという珍しい飲泉文化が伝わっています。源泉は15.7℃の冷泉で、炭酸味と塩味金気、それにエグミある、成分総量12158mgの濃厚で個性的なもの。浴槽は沸かしで42℃、ここでは炭酸味はなく、湧出量が少ないため加水もあるようです。とはいえ、そもそも浸かるためのものではなく、飲んで内から効く飲用泉なのだから、これでよいのです。

 

 

 

 

 

今回紹介した3つ温泉の他にも、ガツンとくる濃厚食塩泉のキャセイホテル「キャセイの湯」や、フグ料理屋さんが営むちょっと高級感のある「良の湯 舞千花」、大正2年創業の大分市最古の温泉銭湯「王子温泉」など、名湯ぞろいです。また、大分駅ビルのJRおおいたシティ・ホテル棟の19階から20階にも温泉施設「シティスパてんくう」があります。


メモ:丹生温泉「和みの湯」 

大分市丹生1189

097-522-1610

12:00〜最終受付20:30

¥300

      ビジネスホテル・クドウ「金池の湯」

大分市金池町1-11-6

097-532-3981

11002200

¥350

      宮崎郷温泉

大分市宮崎1042

097-569-2040

14:00-22:00

¥300

分析書:ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉、43.0℃、PH8.5、成分総量2760mg、微弱黄色・澄明・殆ど無味・微弱鉱物臭 H27.3.25 メタケイ酸169.2

      塚野鉱泉

大分市廻栖野380-2

097-541-0008

6002000(11001230浴室清掃)

¥200

堀田温泉「夢幻の里 春夏秋冬」 ~四季の移ろいを映す露天風呂~

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堀田温泉「夢幻の里 春夏秋冬」 ~四季の移ろいを映す露天風呂~


【この記事は温泉マイスター協会のメールマガジンに投稿したものを転載しました。 】


 今回はシニア・マイスターの甲斐が、大分県別府市の堀田温泉の立ち寄り湯「夢幻の里春夏秋冬」をご紹介します。


 



 

 別府八湯の堀田温泉は、別府と由布院・日田・大宰府を結ぶ交通の要衝にあたり、江戸時代初期には温泉場が開かれていました。「夢幻の里 春夏秋冬」は、大分自動車道別府ICからわずか5分の場所にあり、朝見川源流の谷川を挟んで男女別大浴場(「虹の湯」「夢幻の湯」)と3つの貸し切り湯(「月の湯」「蛍の湯」「滝の湯」)が点在しています。



 

 分析書によれば、泉質は単純硫黄泉(硫化水素型)で、泉温64.8℃、PH6.28、成分総量575mg、遊離硫化水素3.8mgという値ですが、源泉は噴気だけで湯は湧いていないそうで、湧水に噴気を当てて加温する噴気造成泉を浴槽内で測定した数値だという事です。

ここは春夏秋冬を通じていつでも美しい自然が楽しめますので、過去の入湯記録から四季の移ろいを映す露天風呂の風情をお伝えしたいと思います。

 

再開場(2014/1/19)  長く閉鎖されていた堀田の名湯が、昨年(2013)1126日に再開場、翌117日からは別府八湯温泉道に加入と聞き、さっそく訪れた。道中には夜来の雪が残り、園内を流れる谷川のせせらぎの他は鳥の声もない。

受付を乞うと真新しい休憩所を通って大浴場「虹の湯」に案内された。斜面を切り開いて作られた露天風呂は湧水に噴気を当てた造成泉のようだ。白濁の単純硫黄泉は、馥郁たる香りを漂わせる弱酸性の湯だ。更に整備されて自然豊かな秘湯に成長することを期待している。

 




(2017/3/19)  堀田郷には2つの水系があり、北の水系は境川に注ぎ、南は朝見川に注いでいる。その源流は砂防ダムで、別府扇状地の成り立ちを見事に体現している。ここは朝見川水系の上流部にあり、朝見川断層崖の南の縁にそって流れ、乙原川や鮎返川と合流して、別府湾に注いでいる。

 さすがにこの辺りは「春は名のみ」の風情で、ヤマモミジは新芽を吹く様子もなく、ヤブツバキが名残の花を落としていた。

 若女将の明るい声に迎えられ、「虹の湯」に向かうとそこは無人で、青白い濁り湯が木漏れ日を浴びて待っていた。掃除の行き届いた露天の湯は適温に調整され、硫黄の香りも強すぎず快適だ。ゴウゴウと源泉の噴気の音が間近に聞こえ、時よりウグイスの幼い鳴き声も聞こえていた。

 




(2016/7/6)  ここならば下界より多少は涼しかろうと訪ねてみると、盛大な蝉時雨が出迎えてくれた。大分市内などはまだ本格的にセミの声を聞かないが、市街地に生息するアブラゼミやクマゼミとは違う種類のセミのようだ。

 例によって若女将と温泉談義を長々としてしまったが、彼女の湯を愛する気持ちがヒシヒシと伝わってきて、本当に楽しい時間があっと言う間に過ぎていった。とはいえ、ここは先の(熊本)地震で倒木・落石・浴槽のひび割れなどの被害があり、2週間ほどの休業を余儀なくされた。その後は梅雨の大雨で営業休止となかなか大変のようだ。

 男湯の「虹の湯」は、いつもよりぬるめに調整されていて、この日にはぴったりだった。

 


(2015/10/12)  ここの湯は138度の源泉噴気を山水に吹き込んで、温泉成分を溶かし込んだ噴気造成泉で、青白濁の単純硫黄泉だ。そのため、湯の花が舞うタイプではなく、まんべんなく白濁し、硫黄香はやや弱いタイプだ。森の奥にひっそりと佇む感があり、野鳥の甲高い鳴き声が聞こえてくる。

 前回の訪問時は県による渓流の護岸工事の真最中だったが、今回はその工事も完了して、元の静かな佇まいを取り戻していた。

 2013年に経営を引き継いだ藤田さんご一家が、いい温泉にしようと情熱を傾けているのがひしひしと伝わってくる素敵な場所だ。

 





(
2016/2/7)  別府市内とは思えない「秘境」の感のあるここは、さすがに気温が低く、冬枯れた木々に取り囲まれている。それでも春の気配はそこここにあり、藪椿は今を盛りと赤い花をつけ、朝見川源流の渓流沿いの白梅は1,2輪花をほころばせていた。

 若女将と「造成泉」という言葉について、「温泉偽装」のようで印象が悪く、何かよい表現はないものかと話し合った。かつて週刊ポストが九重町の筋湯温泉を「(八丁原地熱)発電所の工業廃水を温泉と偽装」として取り上げたことがあったが、温泉法でも認めらており、全く問題はない。

 ここなどは濃厚でありながら、むしろ中性の肌への刺激の少ないマイルドな湯で、優れた泉質だと太鼓判を押せるものだ。

 



 

 なお、お風呂は全て露天風呂のため、天候によって臨時休業する事がありますので、悪天候の日は事前に連絡してから訪れることをお勧めします。

 
 

筌ノ口温泉 旅館新清館 ~大分県屈指の露天風呂~

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筌ノ口温泉 旅館新清館 ~大分県屈指の露天風呂~


【この記事は温泉マイスター協会のメールマガジンに投稿したものを転載しました。 】

 

 今回はシニア・マイスターの甲斐が、大分県九重町の筌ノ口温泉の旅館新清館を紹介します。

 九重夢大吊橋から車で5分ほどの場所にありながら、鳴子川の清流に沿った人影もまばらな小さな集落が筌ノ口温泉です。



 

 落ち着いた雰囲気の玄関で声をかけ、木立の中を進むと森の中の大露天風呂に着きます。ここ「こぶしの湯」は混浴で、奥の「かえでの湯」が女性専用となっているのですが、この日はさすがに入浴者が多く、混浴にこられる女性はいないようです。




 「こぶしの湯」は大分県屈指の露天風呂だと常々思っています。それは露天へいざなうアプローチのすばらしさ、風呂を取り囲む雑木林の清々とした美しさ、炭酸成分をふんだんに含む重炭酸土類泉の湯の良さ、その湯が浴槽に溜まって見せる黄金の湯色、毎分500Lという圧倒的な湧出量、これらが混然一体となってこの名湯を成り立たせているのです。この時期にはやや熱めの湯でしたが、吹きすぎる風が心地よくゆっくりと楽しめました。(平成29年9月9日、「九重九湯の日」の入湯記より)

 



泉質名は「ナトリウム・マグネシウム・カルシウム-炭酸水素塩・硫酸塩泉」で、遊離炭酸を750mgも含有する重炭酸土類泉です。甘味・渋み・エグミ・金気味のある複雑な味で、湯口付近では炭酸味が感じられます。


 

九重町HPに筌ノ口温泉の歴史が記述されています。「正保(1644から1647)のころから村人が入浴していましたが、享保13年(1728)、田野庄屋徳右衛門がこの地に住宅を造り、湯小屋を建てたので温泉の始まりです。 明治の中期、大分牧場の創設・千丁牟田開拓・硫黄鉱山の創業等の関係者でにぎわい、そのころ旅館が建ち営業するようになりました。 昭和27年、文豪川端康成がこの地を訪れ、後に九重を主舞台とした小説「波千鳥」を残されました。」



 

 2015年10月に大分県が「おんせん県おおいた」のPR動画として作成した「シンフロ」では、ここがオープニングとエンディングの舞台となり、話題を呼びました。2016年には第2弾として「ゆけ、シンフロ部!」が作成され、湯面をプロジェクションマッピングで色鮮やかに見せる動画が公開されています。(「シンフロ」の公式ホームページはこちら



 

 筌ノ口温泉はこちらといい、お隣の「筌ノ口共同浴場」といい、すぐ近くの炭酸泉「山里の湯」といい、全部が名湯揃いですよ。

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