海心堂の温泉逍遥

日本一のおんせん県おおいた(別府八湯温泉道、奥豊後温泉文化伝)を中心に、九州の温泉(九州温泉道)の入湯記録

別府温泉 駅前高等温泉 - 昭和初期には二酸化炭素泉だった?

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11-17

957

別府八湯温泉道

NO.7

別府

駅前高等温泉

 

昭和初期には二酸化炭素泉だった?

 

平成29年10月29日訪問


この日は台風22号の接近で、第37回大分国際車いすマラソンは中止、東別府駅から上人が浜までの海岸線を踏破する地獄ハイキングも中止となってしまった。午後には風雨もやや治まってきたので、湯巡り修行にいそしむことにしたが、別府湾はかなりの白波が押し寄せていた。

番台で熱湯とぬる湯のどちらが空いているかと問うと、どちらも貸し切りですよとの事で、熱湯を使う事にしたら46℃ありさすがに熱すぎて入れない。冷水の蛇口の鍵を借りて加水に及び、ようやく浸かる事が出来た。




昭和六年の『温泉の別府案内』には、「薬師温泉、別府駅の東方一丁、駅前通に在る区営の浴場なり。浴舎は、瀟洒たる洋風二階建にして階下は男女湯に充て各々湯及び上等湯を設く。上等湯は有料にて湯瀧、蒸湯の外に泉浴あり。階上には食堂及び露台の設けあり。 泉質は炭酸性単純泉にして無色透明なり。」とあり、その当時は二酸化炭素泉であったとされている。

熱湯:ナトリウムー炭酸水素塩泉、50.6℃、PH7.7、
成分総量1054mg、
微弱黄色・澄明・殆ど無味・殆ど無臭 H28.2.4 メタケイ酸213

¥0

(七段無料券)



別府堀田温泉 さわやか別府の里 ー 堀田温泉の2つの泉質の秘密

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11-16

956

別府八湯温泉道

NO.193

堀田

さわやか別府の里

 

堀田温泉の2つの泉質の秘密

 

平成29年10月21日訪問


地元情報誌CJO割引券でこちらを訪ねた。ここの湯は弱アルカリ性の土類重曹泉だが、そもそも成分量が少ないのと、おそらく循環されているので、ほとんど特徴が感じられない。


堀田温泉には、ここや桜湯さん、芙蓉倶楽部さんのような炭酸水素塩泉と、夢幻の里さんや白糸の滝温泉さん、五湯苑さんのような硫黄泉があるが、硫黄泉はおしなべて噴気造成泉だ。つまり、地中の比較的深くから湧き出す湯は炭酸水素塩泉で、地表近くから立ち上る噴気は硫黄分を含んでいるのだろう。


別府市温泉供給事業の起点は堀田源泉で、朝見川上流の水に堀田3源泉の湯と噴気を当て、丸尾・北田位・前八幡源泉などを混合・加熱して、浜脇線・富士見線に供給している。一方、石垣線は堀田3源泉の湯がそのまま流されているので、硫黄分がはっきり感じられる湯となるのだ。

ナトリウム・マグネシウム-炭酸水素塩・塩化物泉、51.8℃、
PH8.2、成分総量1010mg、44L/min、
無色・澄明・無味・無臭 H21.7.17

¥100

(CJO割引券)


別府観海寺温泉 向原温泉 ー 別府市温泉供給事業とは?

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11-15

955

別府八湯温泉道

NO.207

観海寺

向原温泉

 

別府市温泉供給事業とは?

 

平成29年10月21日訪問


ここを訪ねる頃には、雨脚が強くなってきた。車を停めて桜の木の下を通って浴舎に向かうと、あたりに硫黄の香りが漂っていた。ここは堀田貯湯タンクから最も近い共同浴場の一つなので、その香りもずいぶんはっきりしているのだろう。




別府市のHPによれば、「市営給湯は、昭和12年、浜脇地区に給湯を始めたのが最初である。現在の給湯地域は、前述した浜脇線、富士見線、石垣線(以上、堀田源泉)のほか、鉄輪・石垣線(鉄輪十万源泉)、亀川線(地獄田源泉)、亀陽線(亀陽泉源泉)、競輪線(競輪源泉)、柴石線(柴石源泉)の全7路線に分かれ、給湯管の総延長は35km に達している。」とあり、この事業は泉都を支えるインフラと言えそうだ。

単純泉、78.0℃、PH6.4、成分総量854mg

¥100


別府温泉 不老泉 - 昭和天皇がここで入浴されたのは

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11-14

954

別府八湯温泉道

NO.4

別府

不老泉

 

昭和天皇がここで入浴されたのは

 

平成29年10月21日訪問


大型の台風21号が接近中。大分県は今年、7/5の九州北部豪雨、9/18の台風18号による記録的な大雨と、二度に渡り日田市や津久見市などが大きな被害を受けた。今度の台風も超大型らしく、被害のないことを祈らずにはいられない。

ここはお昼時でも7~8人の入浴者があり、それぞれのスタイルで入浴を楽しんでいた。湯はわずかに色づきがあり、それ以外は特徴はないが、自家源泉が掛け流しで使われている。浴室の換気が不十分で湯気が籠っていて、管理に再考の余地がありそうだ。




「懐かしの別府ものがたり」に昭和天皇がここで入浴された折の記述があり、「昭和天皇がまだ皇太子のころ、別府を行啓したのは大正9年11月7日のことで、中津平野を中心に行われた陸軍特別大演習(11月8日―11日)を統監するためだった。(中略)このほか、別府公園や公園内の忠魂碑、不老泉、観海寺の記念碑」を訪問されたと記されている。

単純泉,43.3℃,PH7.7,成分総量915mg
微弱黄色・澄明・殆ど無味・無臭 26/7/11 メタケイ酸221

¥100


別府明礬温泉 照湯温泉 - 『鶴見七湯廼記』に描かれているもの

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11-13

953

別府八湯温泉道

NO.128

明礬

照湯温泉

 

『鶴見七湯廼記』に描かれているもの

 

平成29年10月15日訪問


ハートピア明礬の湯がぬるく温まれなかったので、ここでしっかり温まろうとの算段で立ち寄った。ここは山水に硫化水素の噴気を当てた噴気造成泉で、硫黄成分の少ないマイルドな湯だ。それにしても、98.1℃の泉温は凄く、いかに噴気が高温であるかが伺える。噴気を当てる時間を長くすれば、白濁の硫黄泉になるのだろうけれど、これはこれで魅力的な湯である事は間違いない。


豊後森藩の8代藩主久留島通嘉公が描かせた『鶴見七湯廼記』(大分県立歴史博物館所蔵)は、幕末の別府温泉の景観を知ることができる貴重な絵画で、祓川左岸に浴場・お茶屋・湯滝・築山・庭園などが造営されていた事が伺える。そして、森藩領の①照湯、②宮路湯、③今井湯、④明礬(山の湯)、⑤鳶尾湯(登備の尾の湯)、⑥壷之湯、⑦谷之湯の7つが描かれている。



単純泉、98.1℃、PH6.5、成分総量113mg、
無色、微白濁、無味、無臭 H15.5.8

¥200


別府明礬温泉 さわやかハートピア明礬 - 遊歩道の灰色の泥の溜まった池

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11-12

952

別府八湯温泉道

NO.170

明礬

ホテルさわやか

ハートピア明礬

 

遊歩道の灰色の泥の溜まった池

 

平成29年10月15日訪問


次の明礬温泉までやって来ると、雨脚が強くなり、山肌に刷毛で引いたような薄霧が現れた。ここも八湯検定のご褒美の招待券での入浴だ。

フロントで受付を済ませ、雨の中を「森の露天風呂」に向かう。いつもは男湯と女湯の分かれ道辺りで、「石を焼いたような」と形容される不思議な硫黄香があるのだが、この日は雨に紛れてしまったようだ。浴舎に入ると無人で、薄暗い明りの中に青白濁の湯があった。ここの硫黄泉はPH6.4の中性で、微細な湯の花が一面に舞うタイプではなく、卵スープ状の湯の花が底に沈むタイプだ。内湯はすこしぬるめで、露天は折からの雨にかなりぬるくなっていた。


そばの遊歩道に灰色の泥の溜まった池があり、雨のためかいつもより水量が多く、これを入浴施設として使えればと、いつもの無い物ねだりが頭から離れないのだった。



単純硫黄泉(硫化水素型)、57.8℃、PH 6.4
成分総量928mg、自然湧出、
微弱乳白色・微白濁,強収斂味,強硫化水素臭 20/10/9

¥0

(無料招待券)


別府鉄輪温泉 ひょうたん温泉 - 竹製温泉冷却装置「湯雨竹」開発秘話

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11-11

951

別府八湯温泉道

NO.41

鉄輪

ひょうたん温泉

 

竹製温泉冷却装置「湯雨竹」開発秘話

 

平成29年10月15日訪問


8
月の別府八湯検定で準カリスマに認定され、ご褒美に招待券を頂いたので、それを使わせて貰おうとここを訪問。朝9:00のオープンに合わせて続々と入浴客がやって来るが、家族湯を利用される方が多く、大浴場は空いていた。

こちらでは竹製温泉冷却装置「湯雨竹」を使っているので、97.6℃の劇熱湯を加水することなく、豊富に掛け流しで使われているのが有り難い。




湯雨竹の開発前は、「ひょうたん温泉では夜9時の閉店後に、1時間ほどかけて掃除を行い、その後浴槽に温泉を入れ、翌朝8時まで約10時間をかけて冷やしてから開店するという。つまり、温泉の温度を冷やすためには、どうしても夜9時に閉店せざるを得ないのだ。(湯雨竹HPより)」という状況だったそうだ。また、ある温泉マニアに「湯口からお湯がチョロチョロとしか流れていないじゃないか。こんなのは源泉かけ流しじゃない。たまり湯だ。(同HPより)」 とのクレームが付いたこともあったという。かくして、温泉博士にして大分県産業科学技術センターの研究員の斎藤正樹氏の協力の下、流下式塩田の枝条架を参考に「湯雨竹」が開発されたのだ。


おかげでひょうたん温泉は適温の源泉が豊富に掛け流されることになり、今日も独特の素晴らしい芳香とだし汁のような旨味のある湯が使われているのだ。

ナトリウム-塩化物泉、97.6℃、PH3.11、成分総量3724mg、無色・澄明・微弱塩味・無臭 2016.4.8
メタケイ酸477.8 鉄Ⅰ1.0 鉄Ⅱ0.4

¥0

(無料招待券)


別府鉄輪温泉 かんぽの宿別府 - ミッション終了後の一風呂

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11-10

950

別府八湯温泉道

NO.47

鉄輪

かんぽの宿別府

 

ミッション終了後の一風呂

 

平成29年10月14日訪問


別府温泉地球博物館主催の地獄ハイキングで、12/2(土)に初のガイド役を仰せつかり、そのコース選定の過程で、ご指導くださる京大の竹村教授より、ガイドブック用の画像と説明文を準備するよう指示を受けた。急遽、堀田から観海寺を通り鶴見地獄までのコースの下見と写真撮影をする事にした。

ミッション終了後、一風呂浴びようと、地元情報誌CJOの割引券で¥100になるこちらを訪ねた。ここは鉄輪温泉南端の火売(ほのめ)地区にある。また、鉄輪には珍しい弱アルカリ性の単純泉だ。


泉温87.9℃の高温泉で、露天風呂は竹製温泉冷却装置「湯雨竹」で冷やされているが、内湯は循環・加水・消毒されている。露天は掛け流しのようだが、そもそも成分の薄い湯で、特徴は感じられない。



単純泉、87.9℃、PH8.4、成分総量446mg、循環・加水・消毒、H16.7.20

¥100

(CJO割引券)



地獄ハイキング 浜脇コース 参加レポート

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地獄ハイキング

浜脇コース・レポート

 

 別府温泉地球博物館主催の地獄ハイキング2017年度後半の第一回は、平成29年10月7日(土)、温泉マイスター限定で浜脇コースでの開催でした。

 天気予報に反してうっすらと霞のかかったような空模様の下、東別府駅前に13:30に集合し、京都大学地球熱学研究施設の竹村教授、北九州市から参加の明石ご夫妻をはじめ参加者6名と事務局の杉本さんの総勢8名で出発です!!


 

 東別府駅は1911(明 治44)年、豊州鉄道の浜脇停車場として開業し、1934(昭和9)年に東別府駅に改称されました。この頃の浜脇温泉は湯量が減少し、かつての賑わいは無くなっていたようで、当時の今日新聞の記事によれば、「浜脇駅の東別府駅改称問題は再三浜脇町民より叫ばれ之が実現方を主務省に陳情しつゝあり、市会にも即刻実現を図るべく議決され(中略)愈々十五日より『東別府駅』と改称することになった。」とあります。そのため趣ある木造駅舎が残され、市指定登録有形文化財になっています。近年では、新垣結衣・三浦春馬主演の映画「恋空」のロケ地になった事で話題になりました。

 

 市営浜脇温泉に向かう途中の住宅街の一角に「丸井戸」があります。井戸を見守るお大師様に「弘化4年(1847)年」と刻まれており、古くから地域住民に利用されてきた井戸です。中を覗いてみると、地下4~5mほどの深さの所に水があり、この辺りが海抜3.4mなので、ほぼ海面の同じ高さで真水が湧き出していることになります。


少し歩いて市営浜脇温泉前 の広場に到着しました。入口近くの石造りのアーチは、建て替え前の浜脇温泉の玄関で、床のタイルで当時の浴槽の位置や大きさが偲べるようになっています。ちなみに浜脇高等温泉は湯治客向けであったためぬるめの湯で、浜脇温泉は地元民向けに熱めになっていたそうです。


 朝見川の河口付近にやってきました。干潮の時間帯で水位が低い状態でした。この辺りでは干満差が2~3mあり、もし津波が押し寄せた際、干潮時と満潮時でその影響に大きな差がある事を改めて学びました。


 JRの線路を跨ぐ歩道橋を渡ると浜脇中学校です。この辺りの日豊線は朝見川断層の崖下に敷設されていて、この断層帯が動いた時の危険性を感じました。

 浜脇中学校は立派に石垣と石段の上に立っていますが、中世にはここに「大友館」が置かれていたと言われています。


 豊後大友氏の初代能直が鎌倉幕府から豊後守護職に任ぜられましたが、2代親秀までは豊後に下向していなかったようです。、3代頼泰は元寇の警護のため豊後に下向しましたが、上陸したのは浜脇の浜であったと伝えられています。また、元寇の戦で傷ついた武士を別府の湯で湯治させたという記録があるようです。

 20代義鑑の後継者を巡っての内紛の、いわゆる「二階崩れの乱」の折に、21代義鎮(宗麟)はここ大友館で湯治をしていたと伝えられています。

 急坂を登って山家地区の崖にたどり着きました。この崖は由布川火砕流によって出来た崖で、約60万年前の火山活動でできました。軽石やガラス質の雲母の混じった堆積物で出来ており、触ってみるとザラザラとした壊れやすい岩でした。


 このジオツアーで竹村先生から繰り返し教えていただいたのは、別府の岩石や地質、その結果としての地形は、第四紀の主として4度に渡る火山噴火や火砕流で出来ているという事です。60万年前の由布川火砕流、40~50万年前の乙原や小鹿山・雨乞岳、鹿鳴越山の輝石安山岩の噴出、30万年前には高崎山や実相寺山が噴火して角閃石安山岩を噴出し、直近では10万年に鶴見岳・伽藍岳・由布岳の大噴火が起こり、この折に噴出されたのが「別府石」で、正式名は角閃石安山岩です。

 浜脇中学校まで戻り、ここから東に向かうと河内川沿に河内集落があり、その先に浜脇の市街地を見下ろすビューポイントがあります。道中、あちこちで急傾斜地危険地域の注意書きが掲示されており、いかにも山崩れや地滑りが起きやすい場所である事が感じられます。


 河内集落まで戻り、急な小道を下ると、別府八景(日出城下海岸、由布仙境、観海寺乙原高台、鶴見ケ丘、高崎山、実相寺山、別府東公園、柴石渓流。三勝は志高湖、内山渓谷、仏崎遊園。)に比喩された「河内渓谷」の入り口があります。渓流沿いの細い道を進み、狭い橋を渡った先に、稚拙でちょっとユーモラスなお不動様が奉ってあるお堂がありました。さらに進み急な崖を下ると、高さ10m程の二丈の滝が現れました。前日の強雨で水量が増しており、なかなか迫力のある滝ですが、普段はこれほどの水量はないそうです。滝壺のすぐ上に白い岩の層が見られますが、由布川火砕流より更に古い時代の浜脇層の堆積物で、縞模様がハッキリと見えました。この層からは別府では珍しい植物の化石が見つかる事があるそうです。








 ここから河内川沿いを下り、元の東別府駅までもうひと頑張りです。駅前広場でお互いの健闘を讃えて、解散となりました。これまで参加したハイキングコースの中で、最も距離が短いコースでしたが、かなりのアップダウンがあり、変化に富んだ楽しいコースでした。参加者の皆さんお疲れ様でした。

 次回、10月29日(土)は、京大ウィークスに新コース「別府湾沿いの海岸地域」が開催されます。また、12月2日(土)には、私のガイドデビューで、「堀田〜観海寺〜鶴見地獄-忘れられた温泉地獄を訪ねて!」を開催します。奮ってご参加ください。 

 




「みんなで探そう二酸化炭素泉」 参加レポート

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「みんなで探そう二酸化炭素泉」 参加レポート

 

 別府市とNPO法人別府温泉地球博物館の主催で、9月30日(土)に「みんなで探そう二酸化炭素泉」と題したイベントが開催されましたので、その様子をレポートします。

 当日は秋晴れの好天に恵まれ、別大国道からは右手に広がる別府湾、前方の別府の街並みとその先の鶴見山系、爽やかな青空と白い雲が広がっていました。



 会場で配布されたレジュメには、「近年の状況として、2014(平成26)年7月の療養泉の定義が改訂される前の泉質数は、11種類中10種類でした。現在、別府温泉における療養泉の分類(いわゆる泉質数)は、10種類中7種類という事で、二酸化炭素泉はこの中に含まれていないのですが、大分県鉱泉誌1970によると、少なくとも15か所存在したことが確認できます。そこで、今回、二酸化炭素泉を探してみようというのが今回の企画です。」と、このイベントの目的が記されていました。

 

 午前10時より、京都大学名誉教授の由佐悠希先生による「別府の二酸化炭素泉について」と題する講演がありました。二酸化炭素泉ができるのはプレートテクトニクス理論で説明できるそうです。要約すると、「2億年もの時間をかけて太平洋を移動してきた海洋プレートは、アジア大陸のプレートにぶつかり、その下に沈み込んでいる。長湯温泉の炭酸ガスはマグマ起源で、その炭素の約70%は海で生成された炭酸塩起源である事がわかっている。プレートに乗っていた堆積物中のサンゴや貝殻などのCOが、マグマに取り込まれた炭酸ガスとなったもので、別府でも同様の事が考えられる。」との事でした。

 また、1970年発刊の「大分県鉱泉誌」によれば、市街地の流川下流域の旧南町・北町・太呂辺 (現在の楠町・中央町・田の湯町?) に最高1,654mgの遊離二酸化炭素を持つ源泉が存在していたことが記録されているとの説明がありました。



 さらに、別府における各種温泉水の流動経路に関する研究から、ナトリウム-炭酸水素イオンを多く含む温泉水は朝見川断層帯の地下にあることがわかっており、途中その流路が南東から北東に変わるのですが、これが旧南町・北町・太呂辺と一致するとの説明がありました。(「温泉水の流動経路」図は別府市のHPよりお借りしました。由佐先生の講演の要約に誤りがある場合は著者の責任です。)

 

 続いて別府市温泉課の中村さんより、「二酸化炭素泉存在の仮設」に関する説明がありました。市が2016年に行った調査によれば、①ラクテンチ内の源泉から800mg/kgを超えるサンプルが採取できた、②大分県鉱泉誌1970では、市街地に二酸化炭素泉が収集していた記録が残っている、③ラクテンチも別府市街地の源泉も、赤茶けた鉄分を含む温泉である傾向が伺える、との指摘がありました。

 そして、「朝見川断層帯上にある乙原地区と市街地は、二酸化炭素泉が湧出している可能性が高い!」との仮説の下に、仮説を立証するための条件として、

 ①朝見川断層帯上にある源泉である事、 

 ②自噴泉であること、

 ③源泉温度が高くないこと(40℃未満が望ましい)、

 ④源泉の深度が浅いこと(おおむね100m未満)、

 ⑤動力(コンプレッサーによる揚湯)を使用していないこと、または停止する事が出来ること、

 ⑥源泉あるいは源泉に極力近い密封された環境から温泉採取が可能なこと(採取条件によって、数値が大きく変動する)

の6点の提示がありました。


 ここから3グループに分かれ、調査地点の概況等を確認しました。今回の調査では、大分県薬剤師会検査センター様の協力を得て、現地で遊離二酸化炭素の測定が出来ることになっています。出発に先立ち、薬剤師会の検査技師さんから測定方法についてのレクチャーを受けました。



 

 私を含め6人のメンバー(由佐先生もメンバーのお一人です)とともに、乙原川沿いの自然湧出温泉(「乙原谷の湯」と呼ばれ、20数年前までは近隣の住民が利用していたが、土砂崩れで橋が流されたため、現在は利用されていない)と、乙原集落の個人宅敷地内にある温泉を調査する事になりました。

 車に分乗してラクテンチの乙原ゲートを目指して出発。現地ガイドのラクテンチ社員の方と、今日新聞社の女性記者と合流し、一路「乙原谷の湯」を目指します。





 急な坂を乙原川の河原まで下り、流れの速い渓流を渡った先に、湯小屋の残骸らしきものが見えてきました。近づいてみると、枯れ葉が堆積しているものの、コンクリート造りの浴槽に間違いありません。やや白濁、鉄分が付着している様子が見られ、期待に胸が膨らみます。手を浸けてみると、アチャ、かなり熱めです。浴槽の一番奥の湯中に小さなほら穴が開いていて、そこから湯が湧き出していました。測定の結果、湯温46.4℃、PH6.76、遊離二酸化炭素176mg/kgでした。金気味臭はほとんどなく、かすかに硫黄臭が感じられました。残念ながら、ここは二酸化炭素泉とは言えないようです。











 二十年以上も人の手が入れられていないにもかかわらず、コンコンと湧き続けていた源泉に愛おしさを感じました。また、ちょっと整備をすれば、入浴可能ですが、現状ではアクセスに危険があり、復活させるのはかなり困難の様です。

 

 次に向かったのは乙原集落の入り口付近の民家で、乙原山の急な斜面に沿って家が建てられています。近隣の住民が共同利用している浴室は、1m四方の小さな浴槽が一つだけで、100mほど奥の源泉から引き湯をしているとの事でした。この浴槽も鉄分で赤く染まっていて、がぜん期待が高まりますが、手の浸けてみるとアチチと声が出るほどに高温です。湯はほぼ無色・透明で、弱い金気臭はありますが炭酸味は感じられません。




 持ち主の方の案内で源泉のある場所に向かいました。狭い通路に沿って引き湯のパイプが続いている先に源泉地があり、通路から10mほど高い場所に湯貯めの桝があり、中を見ることはできませんでしたが、崖の奥にパイプが突っ込んであり、そこから湯が湧き出しているとの事でした。通路脇にももう一つの小さな桝があり、ここからは溢れるほどに湯が溜まっていました。測定の結果、湯温57.2℃、PH7.08、遊離二酸化炭素137.6mg/kgでした。


 この通路の下に、草木の生えていない地獄地帯のような場所があり、小さな噴気孔からガスが噴き出す様子が観察できました。この一帯は地表近くにかなりの熱源があるようで、温泉の源泉も一つではなく、複数の小さな自噴泉があるようです。



   

 フィールドワークはこれで終了、市役所に戻り報告会です。

 もう一つのチームはラクテンチ内の2カ所を調査し、特に2016年3月の調査で808.6mg/kgの遊離二酸化炭素が観測された源泉に期待が集まりましたが、200mg代に留まったとの報告がありました。

 もう1チームは市街地楠町の個人宅と、流川通の松下金物店内の温泉を調査しましたが、いずれも200mg代以下でした。

 

 という訳で、今回の6カ所の調査地点で二酸化炭素泉を見つける事は出来ませんでした。

 しかし考えてみれば、人が利用している温泉は、それが別府にある以上、それなりの湯温があるはずです。浜脇の東町温泉の敷地内の井戸は38℃ほどの湯が湧き出していますが、この温度では組合員の方々は温泉とは言わず、水だと言います。その意味で、湯温の低下で使われなくなった市街地の個人宅の自家源泉が有力なのかもしれません。

 また、朝見川断層上のこれまで見向きもされてこなかった低温の自噴泉が、実は炭酸泉だったという事があるかもしれません。そのあたりを想像しつつ、次の作戦を立てて、再チャレンジに臨みたいと思います。

 最後にご協力いただいた大分県薬剤師会検査センター様および別府ラクテンチ様、源泉所有者の皆様に感謝いたします。



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