海心堂の温泉逍遥

日本一のおんせん県おおいた(別府八湯温泉道、奥豊後温泉文化伝)を中心に、九州の温泉(九州温泉道)の入湯記録

別府鉄輪温泉 大黒屋 - 弱酸性で硫酸塩泉系の単純泉

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11-62

1004

別府八湯温泉道

No.119

鉄輪

大黒屋

 

弱酸性で硫酸塩泉系の単純泉

 

平成30年2月24日訪問


 次に訪ねたのは地獄蒸し屋台が名物のこちら。建物の横にあるセパレーターから、真っ白な噴気が青空に立ち昇っていた。ここには冬でも花を咲かせるブーゲンビリアの大木があるのだが、さすがに今年の寒気には勝てなかったようで、枝先が枯れて花は見れなかった。


 約4年ぶりに再訪だが、分析書によると「鬼山」にある温泉組合の源泉からの引き湯で、さっぱりとした単純泉だが、硫酸イオンの多い硫酸塩泉系とは、同じ鉄輪の共同浴場「砂原温泉」に似るが、PH3.9の弱酸性泉はそことは異なっている。

 地獄蒸し釜のある庭に、地面から噴気が出ている所があり、一遍上人が地獄を鎮めたと伝わる、鉄輪の原風景を見たようだ。



単純泉、97.6℃、PH3.9、成分総量337㎎、微弱乳白色・微弱白濁・殆ど無味・微弱硫化水素臭 H23.10.28
温泉組合源泉 メタケイ酸109

¥300


別府鉄輪温泉 旅館みゆき屋 - 新聞広告「今は、別府行くより、草津行こうぜ。」の是非

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11-61

1003

別府八湯温泉道

No.103

鉄輪

旅館みゆき屋

 

新聞広告「今は、別府行くより、草津行こうぜ。」の是非

 

平成30年2月24日訪問


 ようやく春の訪れを感じさせる日で、別大国道から見える別府の街は春霞に包まれていた。

 別府市が草津温泉を応援する新聞広告、「今は、別府行くより、草津行こうぜ。」が話題を呼んでいる。草津白根山の噴火の影響で客足の減った、ライバルの草津温泉を応援するためのものだ。

 西日本新聞2/24夕刊より、「草津では、噴火後3日間で約2万人の宿泊予約がキャンセルされた。2016年の熊本地震後、1週間で約11万人のキャンセルが出た別府市には人ごととは思えず、観光課職員たちが「同じ温泉観光地として何かできないか」とアイデアを出し合ったという。」「元気があってこそライバル。Go!草津」とは、なんとも粋だが、行政のやることではないとの反対意見もあるようだ。


 この日の第一湯は鉄輪のこちら。明るい日差しの差し込む露天風呂は、黄金色に光って見えた。弱酸性の塩化物泉は湯冷めせず、ぽかぽかといつまでも温かい。



ナトリウム-塩化物泉、80.2℃、PH3.4
成分総量3549

¥250

(七段半額券)



別府亀川温泉 四の湯温泉 - 源泉の温度・PH・電気伝導度を測定した

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11-60

1002

別府八湯温泉道

No.67

亀川

四の湯温泉

 

源泉の温度・PH・電気伝導度を測定した

 

平成30年2月17日訪問


 この後は昨年11月に行われた「せーので測ろう! 別府市全域温泉一斉調査」の追跡調査を依頼されている別府パストラルを訪問し、源泉の温度・PH・電気伝導度を測定した。長期的視点で別府温泉の温度変化をモニタリングしていこうという有意義な試みだが、源泉の温度を直接測定できる施設は意外に少なく、ここも貯湯タンクから源泉を汲んでの測定となった。

 ホテルのロビーはなにやら人だかりができていた。ニュージーランド・ロトルア市と英国バース市の一行とのラグビー交流イベントが行われていたようだ。そのため入湯は叶わず、亀川のこちらを訪れることとなった。


 熱めとぬるめの2槽があるが、この日はどちらも同じぐらいの湯温で、源泉口ではボコボコと派手な音を立てて湯が汲み上げられていた。浴槽のブルーのタイルに陽が差し込み、透明な湯をキラキラと輝かせていた。



単純泉、47.8℃、PH7.8、成分総量748.7mg、
無色・澄明・無味・無臭 H20.7.20

¥100


別府明礬温泉 明礬山の湯 - 「BE@BEPPU」第2弾が発刊

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11-59

1001

別府八湯温泉道

No.61

明礬

明礬山の湯

 

「BE@BEPPU」第2弾が発刊

 

平成30年2月17日訪問


 今月初めにインバウンド向けの別府温泉ガイドブック「BE@BEPPU」の第2弾が発刊された。こちらの「ONSENDO」ではスタンプ個で、「Beppu Onsen Specialist」に認定され、特製の手拭いが貰える上に、無料入浴などの数々の特典がある。

 さっそく別府駅のえきマチ1丁目案内所で入手したが、ここでは一般社団法人「別府インターナショナルプラザ」の12人が交代しながら、英語や韓国語、中国語で対応しているそうだ。パラパラと中をめくってみると、明礬山の湯が¥200引きで利用できる特典が付いていたので、ここを目指すことにした。


 到着するとこの日の一番乗りだったらしく浴室内は無人で、噴気吹込みで青白く濁った硫黄泉のかぐわしい香りに包まれた。大分自動車道の明礬橋と別府湾の眺望が、春の訪れの近い事を語っていた。



単純泉,61.3℃,PH6.4,成分総量314mg、噴気吹込
掘削200m、弱乳白色、白濁,塩味,微弱硫化水素臭 H6.8.3

¥300
(Be@Beppu割引)


別府温泉 悠彩の宿 望海 - 大正時代までは別府湾にイルカが群れでやってきていた

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11-58

1000

別府八湯温泉道

No.29

別府

悠彩の宿 望海

 

大正時代までは
別府湾にイルカが群れでやってきていた

 

平成30年2月17日訪問


 次に訪れたのは人工ビーチの的ヶ浜海岸、通称スパビーチに面して立つこちら。


 この時間は屋上の露天風呂が利用できる。この辺りの湯は炭酸水素塩泉で、薄黄色のモール泉が多いのだが、ここはやや薄めの単純泉だ。お天気が良く、別府湾やその先の国東半島の眺めがよいが、なにしろ海からの風が強い。時より突風が吹いて湯面にさざ波が立つ。


 目の前の別府湾には古くから餌を求めてクジラやイルカが回遊してくるのがこの季節の風物詩なのだが、今年も2/14に大分市神崎の田ノ浦ビーチ沖でザトウクジラが観察されている。

 大正時代まではイルカが30~40頭も群れて、高崎山沖を餌のコイワシを追う姿がよく見られたそうで、今なら話題をさらって一大観光資源となった事だろう。

 

 別府八湯温泉道での入湯が延1000湯に達しました。

単純温泉、46.1℃、PH8.3、成分総量973㎎、
無色・澄明・殆ど無味・殆ど無臭 H27.2.15 メタケイ酸156.0

¥0
(七段無料券)


別府温泉の恩返し 番外編 - 別府で熱海温泉に入湯!

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11-57

999

別府温泉の恩返し

番外編

臨時

熱海温泉

 

別府で熱海温泉に入湯!

 

平成30年2月17日訪問


 年末より居座り続けていた大寒波がようやく北帰行を始めたのか、この日はうららかな春を感じられる一日だった。とはいえ、由布岳の山頂は一面に雪をかぶっており、このまま温かくなる事はないのかも知れない。


 別府市は昨年4月に、「平成28年4月に起きた熊本・大分地震の直後、観光客が減少した別府市を全国のお客様が支えてくれました。そこで地震から1年を機に、元気になった別府から全国の一般家庭や施設のお風呂へ温泉を無料で届ける『恩返し』です。」(別府温泉の恩返し公式HPより)を始めた。

 そして番外編として、全国に別府の湯を届けた空のトラックに、第一弾として草津温泉、第二弾として熱海温泉の湯を持ち帰り、別府で入湯しようという嬉しい試みが実現したという訳だ。


 2月17日の8:20にトラックが市営海門寺温泉に到着、いつもは「熱湯」となっている浴槽に給湯が開始され、9:00から入浴開始となった。10:30頃訪れると、入り口付近に別府八湯温泉道名人会のお歴々が揃いの法被でお出迎え、48番の整理券を貰って浴室に向かった。


 持ち帰った湯は49℃らしく、浴槽では43℃程のやや熱め、ほのかな濁りとかなり強い塩味だ。別府ではお目にかかれないタイプの湯で、分析表の数値以上の塩分と肌に残るペタペタ感があった。今回の湯は中性の塩化物泉で、成分総量5g超、保湿効果にすぐれた湯で、着衣後も汗がしばらく止まらなかった。

ナトリウム・カルシウムー塩化物泉、46.3℃、PH7.2、成分総量5159mg、150L/min、殆ど無色・透明・弱塩味・無臭、下多賀56号泉(第1和田木湯) H25.7.8
メタケイ酸51.5 Na1163 Ca638.7 Cl⁻2850

¥0


「僧侶とめぐる六郷満山の旅」 日出・豊後高田めぐり

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六郷満山開山1300年 スタートキャンペーン

「僧侶とめぐる六郷満山の旅」 日出・豊後高田めぐり

 

 今年は718年に仁聞菩薩が国東半島に六郷満山を開いて1300年にあたり、昨年より様々なイベントが行われていますが、2月11日に開催された「僧侶とめぐる六郷満山の旅」日出・豊後高田めぐりに参加してきました。

 貸し切りバスの乗車料、昼食代、訪問地の拝観料すべて込みで¥1,300という破格のお値段での開催ですが、これは「六郷満山開山1300年」にちなんだものだそうです。

 

 大分駅前を9:00ちょうどに出発したバスは、別府駅前でここからの参加者を乗せ、総勢30人で一路国東半島を目指しました。

 

 最初の参拝地は日出町の赤松山願成就寺で、ここから椿光寺副住職の山口先達と合流、この日春季例大祭の行われている本堂で「般若心経を唱えました。

 日出町観光協会HPによれば、「願成就寺(日出妙見尊)は、養老年間(717724)、六郷満山の創建者・仁聞(にんもん)が建立したと伝えられる由緒ある寺で、天徳4年(960)空也上人が建立したともいわれています。速見郡に多くの寺院建立の願をたて、最後にこの寺を建立し、願いが成就したことから願成就寺と呼ばれたといわれています。地元の人々からは「赤松の妙見様」と呼ばれ親しまれています。」とあります。


 参拝者が次々と来られていて、数軒の出店もあり、午後からは柴燈護摩と火渡り行も行われるそうです。本堂の片隅で大小の鏡餅のあたる福引があり、私も運だめしに引いてみました。すると、何という事でしょう、一等の五升「福の玉」が当たりました。直径60cm、重さ9kgの大鏡餅で、足をふらつかせてようやくバスまで運びました。途中、参拝者から「すごいの当てたねぇ」とか、「そりゃあ、何升な?」などと声をかけられ、チョット誇らしい気分になりました。


 

 次に参拝したのは真木大堂で、豊後高田市のHPには、「真木大堂は、かつて馬城山伝乗寺と呼ばれた大寺院で、その寺域は現在の田染真木にとどまらず、真中・小崎・横嶺へと伸びて、西叡山と接するあたりにまで広がり、夕日岩屋・朝日岩屋・稲積岩屋(鍋山磨崖仏)などの7の末寺、大門坊をはじめとする36もの坊をしたがえていたとされています。」と説明されています。本堂で般若心経を唱え、国の重要文化財の9体の仏像が納められた収蔵庫に向かいました。


(撮影禁止のため、豊後高田市HPよりお借りしました)

 本尊の木造阿弥陀如来座像は、「像高216cm。檜材の寄木造り。彩色は肉身に漆箔、螺髪に群青、衣に朱色が見られます。伏し目がちな円満相に、法衣の流れるようなリアルな衣文は11世紀後半に京都で流行した定朝様の様式を取り入れています。高い肉髻と大粒の螺髪、やや面長で唇を強く引き結ぶ顔立ちなどは、定朝様流行以前の古様です。」(豊後高田市HPより)

 平成20年に収蔵庫内にガラスの仕切りが作られたため、普段は諸仏を直接見る事は出来ませんが、今回は特別に中に入って参拝する事が出来ました。


(撮影禁止のため、豊後高田市HPよりお借りしました)

 向かって右に安置されているのは、木造不動明王及び二童子像で、「像高255cm。榧材の寄木造り。木彫の不動明王としては日本最大級。二童子は130cmほどで、檜材・寄木造り。不動明王は、険しい表情で悪魔を撃退し、煩悩を断ち切り、とりわけ六郷満山では峯入り中の行者が真言を唱えることでその守護を得ると信仰されています。
 頭髪は巻髪・辮髪。丸顔の面貌は天地眼、上下の牙がのぞく忿怒相で、立体的な火焔光背は上部に迦楼羅が渦巻いており、不動明王らしい迫力が伝わってきます。」(豊後高田市HPより)


(撮影禁止のため、豊後高田市HPよりお借りしました)

 そして、向かって左に安置されているのが木造大威徳明王像で、「像高241cm。樟材の一木造り。わが国最大の大威徳明王像です。西方を守護する阿弥陀如来の化身で、阿弥陀如来・文殊菩薩が悪鬼と戦い、人々を教え導くために、それぞれ明王・水牛の姿に変じたとされています。日本では珍しい多足の像で、水牛に跨る姿が印象的です。
 6つの顔は六道(天上から地獄までを6つの段階に分けた世界)を見渡し、6本の腕で多数の武器を持ち、壇陀印を結んで四方の悪鬼を撃滅し、6本の足は六波羅蜜(仏教で実践すべき6つの項目)をひたすらに歩む姿を表しています。」(豊後高田市HPより)

 このお像の手を組んだ形が、ラクビー日本代表の五郎丸選手のルーティーンに似ていると、数年前に話題となりました。

 

 風雪の強まる中をバスは国宝富貴寺を目指します。ここの旅庵蕗薹で精進料理と手打ちそばの昼食をいただき、国宝富貴寺大堂に参拝しました。堂内で富貴寺副住職の読経の後、詳しい説明がありました。


 「富貴寺は平安時代に宇佐神宮大宮司の氏寺として開かれた由緒ある寺院です。中でも阿弥陀堂(いわゆる富貴寺大堂)は、宇治平等院鳳凰堂、平泉中尊寺金色堂と並ぶ日本三阿弥陀堂のひとつに数えられ、現存する九州最古の木造建築物であり、国宝指定されています。



 本尊の阿弥陀如来像は970丈にも及ぶ一本の榧の巨木から六郷満山寺院を開基したとされる仁聞菩薩の手によって造られた、と伝えられています。
 大堂内には極楽浄土の世界を描いた壁画が施されており、風化が激しいが、極彩色で描かれていたという調査結果から県立歴史博物館に忠実に再現されています。
 他にも大堂の周囲には僧侶が修行のときに使用したとされる、梵字が刻みつけられた仁聞石や鎌倉時代の笠塔婆、室町時代の国東塔等があり、かつての富貴寺の繁栄ぶりを偲ぶことができます。」(豊後高田市HPより)


(大分県立歴史博物館のHPよりお借りしました)

 終戦間近の時期に米軍の爆弾が裏山に落ち、屋根や扉が大破して、雨漏りにより貴重な壁画が剥落してしまいました。創建当時の壮麗な姿は、県立宇佐歴史博物館に実物大の復元模型が展示されています。

 

 次に参拝したのは金剛山長安寺で、境内にはシャクナゲをはじめとして四季折々の花が咲き、別名花の寺とも呼ばれています。本尊は千手観音で、寺宝の収蔵庫には国の重要文化財の木造太郎天及び二童子像と、銅板法華経19枚 附:銅筥板4枚」納められています。


 「太郎天の一番の特徴はその姿にあります。太郎天は聖徳太子のような「みずら(角髪・美豆良)」をしていますが、これは平安時代以降では主に子供の髪型で、長安寺鳥居などに残る「太郎天童」という文言にあるように、古代の子供の姿をしています。太郎というのも日本古来の子供の名前であり、太郎天は子供をモチーフに造られたことが分かります。
 山岳宗教において、子供は神聖な存在とされています。太郎天も国東半島・修験者を守り神として崇敬を集めました。民話では高天原の神様にかけあって真玉・湯原の温泉をつくったのも太郎天だと伝えられていますね。そうした信仰の変遷の中で、木造太郎天像は江戸時代には日本古来の神様とされ、長安寺境内の六所神社に祀られていました。」(豊後高田市HPより)


(撮影禁止のため、豊後高田市HPよりお借りしました)

 

 この日の最後の参拝地は威王山無動寺で、本尊は不動明王です。ここでは今日の参加者が一人二枚の護摩木に願い事を書き、ご住職が護摩焚き祈願を執行され、一同で祈願しました。


(撮影禁止のため、豊後高田市HPよりお借りしました)

 

 無動寺は「六郷満山中山本寺の一つです。修行・祈祷の道場、満山の記録所として栄えていました。また、堂内には大分県下最多の有形文化財木彫仏が所せましと奉安されています。御本尊の不動明王像は榧の一木造で総高2m余りにも及びます!!その差し迫るようなりっぱな像は一見の価値ありです。

 堂内には他にも薬師如来坐像や日光・月光両菩薩像、十二神将等が収められていますが、これらが揃って現在まで伝えられているのはこの無動寺だけだそうです。歴史と格式が感じられます。」(豊後高田市HPより)

 無動寺の裏山は無動寺耶馬と呼ばれ、正面の天念寺耶馬とともに、昨年10月に国の名勝に指定されました。


 「天高く聳える岩峰、空中に架かる無明橋が六郷満山の修行僧たちの歩んだ長い歴史を物語る「天念寺耶馬及び無動寺耶馬」について、1013日(金)の官報告示により、正式に国の名勝に指定されました。
 修正鬼会で有名な天念寺・平安仏の数々が祀られる無動寺の後背には、それぞれ屹立(きつりつ)する岩峰が見られ、平安時代以降、六郷満山などの僧侶たちの「行の場」として展開してきました。江戸時代には、三浦梅園らによって国東半島の岩峰の景観が高く評価され、後に名勝・耶馬溪になぞらえて「○○耶馬」と名付けられた名勝地となっていきました。
 中でも「天念寺耶馬及び無動寺耶馬」は、岩林・岩壁状の際立った地形的特徴を持ち、峯入りのルート上の連続性や、両方に設けられた無明橋が互いの耶馬の視点場となっている点などが評価されました。」(豊後高田市HPより)

 これで今回の巡礼は終了です。時より強く雪の降る寒い一日でしたが、山口先達のお導きで無事に旅程を終了しました。大分駅前でバスを下車し、重さ9kgの「福の玉」を抱えて家路につきました。




 

別府柴石温泉 柴石温泉 - 『別府今昔』より「別府の上水道」の続き

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998

別府八湯温泉道

No.80

柴石

柴石温泉

 

『別府今昔』より「別府の上水道」の続き

 

平成30年2月10日訪問


 この日の最後は、手頃な料金で内湯と露天風呂、蒸し湯が楽しめるので、人気のこちら。ここの露天風呂は蒸し湯の上がり湯を兼ねているので、38℃~40℃のぬるめに調整されており、長く浸かっていても湯当たりする事がない。そのためか、常連のご老人が長い時間占拠しているのがちょっと困ったものだ。



 

 『別府今昔』より「別府の上水道」の続き。「近代史になってからは明治20年9月にできた西洋式の横浜市上水道が最初。『ひねると水が出る』式の現在の水道の歴史は横浜から始まるわけで、つづいて東京、広島、神戸、岡山、佐世保(軍用だけ)、八幡、小倉、佐賀、そして10番目が別府市という事になっているが、(中略)正しい順番は別府が全国で9番目。隣の大分市などは大正14年4月にようやく工事が認可されている。」(別府今昔物語 第122話「全国で九番目」より) 

 ただし、地下水が豊富で井戸水が使える町では、上水道の敷設がそれほど必要とされない場合もあるので、早くに水道が引かれたことが自慢になるかどうかは賛否の分かれる所だろう。

 なお、別府市水道局の「別府市水道100周年記念事業」のHPには、「別府市の水道事業は、大正61917)年4月に敷設され、近代水道としては全国的に見ても「33番目」と早い時期に通水が開始されました。」と記載されている。

これにて別府八湯温泉道11巡目の七段を完了。

内湯:単純泉、51.7℃、PH6.7、成分総量881mg、無色・澄明・殆ど無味・殆ど無臭 H21.2.12

蒸し湯:ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉、80.1℃、PH7.0、成分総量1353㎎、
弱黄褐色、微弱混濁、無味、殆ど無臭 H22.2.16

¥210


別府柴石温泉 長泉寺薬師湯 - PH2.9の酸性泉は褐色の濁りがある

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11-55

997

別府八湯温泉道

No.85

柴石

長泉寺薬師湯

 

PH2.9の酸性泉は褐色の濁りがある

 

平成30年2月10日訪問


 次は柴石温泉の国の名勝「龍巻地獄」の湯を引いているこちら。庫裏でお布施を納め記帳していると、若奥さんから今日はすこし熱いかもしれないと教えられた。


 手作り感満載の浴室に入ると、湯だめに注がれている源泉は僅かで、ほとんどはそのまま捨てられている。それでも湯はやや熱めで、バケツに汲み冷やされている湯を数杯足して、うーんと唸りながら湯に浸かる。PH2.9の酸性泉は血の池地獄を思わせる褐色の濁りがあり、肌がピリッとするような浴感だ。


 この日は結構強い雨の降る日で、脱衣所の上で雨漏りがあり、簀の子が濡れていてちょっと困ったが、地獄の源泉に浸かれる貴重な湯だ。

含食塩酸性泉、PH2.9、約101(噴気)、地下熱水150

¥100
(お布施)


別府亀川温泉 亀陽泉 ー 梅園温泉再建の目途がたった!

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11-54

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別府八湯温泉道

No.69

亀川

亀陽泉

 

梅園温泉再建の目途がたった!

 

平成30年2月10日訪問


 次に訪ねたのは亀川の市営温泉のこちら。昨年7月26日に新築でニリューアルオープンしたが、かつて千人風呂と呼ばれた面影はなく、市営温泉の中でも小さい方の浴場となった。

 しかし、かなり人気は高いようで、市の発表では月平均1万人の利用者があり、同じ市営の浜田温泉の月9千人を上回っている。


 この日は浴室内に湯気が充満していて、建物に悪影響はないのかと気になった。


 別府市は10カ所の市営温泉が、年間180回無料で利用できる高齢者優待入浴券を発行している。それでここや柴石温泉、堀田温泉などの少し入浴料の高い施設に人気が集まり、地区の共同浴場の経営を圧迫していると聞く。

 別府の宝である共同浴場を守ってゆくためには、様々な努力や工夫が必要で、この制度はそれに逆行するものに思えてならない。

 

 別府八湯温泉道名人会のFacebookに佐藤会長からこんな書き込みがあった。「名人会の皆様 2016年の熊本・大分大震災で取り壊しを余儀なくされた梅園温泉ですが、再建の目途がたったことをお知らせいたします。 現在寄付の総額は280万円ほどですが、300万円を無利子で貸してくれる方があらわれ、その方の入金確認後、別府市の補正予算を申請し、議会で承認されれば8月に着工の予定です 募金活動や寄付集めにご協力いただいた皆様、寄付をしていただいた皆様ありがとうございます。 ただ、運営再開後は別府市と300万円を貸してくれる方に返済を行わないといけませんので、できるだけ負担を軽減するため、募金活動などは引き続き行っていきますのでどうぞよろしくお願いいたします。」

 もう二度とこの共同浴場を失う事の無いように、みんなで守っていきましょう!

単純温泉、51.4℃、PH7.4、成分総量739㎎、
無色・澄明・無味・無臭 H28.7.1 メタケイ酸193

¥210


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