海心堂の温泉逍遥

日本一のおんせん県おおいた(別府八湯温泉道、奥豊後温泉文化伝)を中心に、九州の温泉(九州温泉道)の入湯記録

別府温泉 ホテルシーウェーブ別府 熊八の湯 - 閉塞感のある浴室が、とろみを感じさせる泉質にはぴったり

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12-14

1046

別府八湯温泉道

No.196

別府

ホテルシーウェーブ別府 熊八の湯

 

閉塞感のある浴室が、

とろみを感じさせる泉質にはぴったり

 

平成30年5月24日訪問


 別府駅まで戻り、ラストは駅前のビジネスホテルのこちらです。ここは、1階の露天風呂付浴室と、3階の内湯が男女日替わりで利用できます。


 今日は3階が男湯で、天井が低く窓もなく薄暗い、ちょっと閉塞感のある浴室ですが、とろみを感じさせる泉質にはなぜかぴったりで、これはこれで気に入っています。宿泊客で込み合う時間帯かと危惧しましたが、夕食時なのかガラガラに空いていて、ゆっくりと湯を味わう事が出来ました。


 

 この後は、別府温泉地球博物館主催の「別府温泉の過去・現在・未来」と題した、由佐悠紀先生のご講演を聴講しました。由佐先生は別府市温泉発電等対策審議会の会長を務められ、今年3月に長野別府市長に答申書を提出されています。答申では、「現在の別府市地域の温泉資源(温泉帯水層)は全体的に減衰傾向にある」と結論づけ、温泉発電において地域との共生を図る条例が必要だと強調されています。

ナトリウム・マグネシウム-炭酸水素塩・塩化物泉、
58.3℃、PH6.9、成分総量1178㎎、
無色・澄明・微弱金気味・殆ど無臭 H26.9.18 メタケイ酸193.0

0円

(温泉本無料券)


別府観海寺温泉 向原温泉 ー 巨大な鬼の石像2体の正体は?

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12-13

1045

別府八湯温泉道

No.207

観海寺

向原温泉

 

巨大な鬼の石像が2体の正体は?

 

平成30年5月24日訪問


 次に訪ねたのは観海寺温泉のこちらで、ここは市営給湯の堀田泉源からの引き湯で、明瞭に硫化水素臭が感じられるのが魅力です。


 3人のご老人が声高に大相撲の予想を語っておられました。今日の大一番「白鵬、栃の心」戦は、栃の心有利との見方の様で、一戦に備えていつもより早めに湯に来たようです。

 建物は比較的新しく見えるのですが、半地下式の浴室はかつては自家源泉であった名残のようです。


 

 ここから観海寺入口を過ぎて、「鶴見地獄北」の交差点に、巨大な鬼の石像が2体安置されています。手前は小さく、奥は2m平方もありそうな巨像で、親子の鬼のように見えます。なぜここにこれが置かれているのかは不明ですが、1925年(大正14年)に開園し、「九州一の大遊園地」を自称した鶴見園の跡地ですから、そこに置かれていたものかもしれません。今では雑草に囲まれて、車の往来を寂しげに眺めているように思えます。


 

 昭和9年発行の紀行文集『絵の国豊前豊後』に鶴見園の記述があり、「別府にも少女歌劇がありますぜ。見に行きませうか。歌劇場は大して広くはない。が、観客は相当に入って居る。冬枯時の今でさへ、これだけ客が入って居るのだから、時候の好い時には、屹度満員続きだらう。相当に成功して居ることが頷ける。ここの歌劇が、やがて宝塚の名を凌ぐやうになるのも、あまり遠くはないだらう。」などと誇大広告ともいえる感想を載せています。

単純泉、78.0℃、PH6.4、
成分総量854mg

100円


別府鉄輪温泉 かんなわ ゆの香 - 泉温99℃の沸騰自噴泉

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12-12

1044

別府八湯温泉道

No.155

鉄輪

かんなわ ゆの香

 

泉温99℃の沸騰自噴泉

 

平成30年5月24日訪問


 午後から別府に向かい、この日の第一湯は鉄輪温泉のこちら。海外渡航者向けのガイドブック「BE@BEPPU」で無料になるので、こちらを尋ねたのですが、平日とあって露天風呂付きの広い浴室は無人で、一人っきりで悠々とお湯をいただきました。


 いつも元気なさや香女将の姿が見えないなぁと思っていたら、Facebookに他所でワークショップ参加の投稿があり、お出かけ中だったのだと合点しました。

 露天風呂の溢れた湯が流れる所は、赤褐色に色が変わっていて、鉄分の存在を思わせてくれますが、湯からは鉄分の気配はほとんど感じられません。なにせ、泉温99℃の沸騰自噴泉ですから、加水されているのは致し方ないでしょう。


 

 俳人の高浜虚子の1928(昭和3)年の記述に、「海地獄は地獄のうちで女王の感じがある。それも他に王様があっての女王でなく、たくさんの他の地獄の悪鬼羅刹を自ら統率しておる女王の感じである。その青藍色の湯池は蠱惑的である。美しさの余り眩惑されて身を投じるものもないとは限らぬ。又十分の威厳を備えておる。百二十度の熱湯は儼として人を近寄らしめない。正に女王の感じである。」とあります。

ナトリウム-塩化物泉,99℃,PH5.1
成分総量4480mg,湧出量:700L/

0円

BE@BEPPU無料)


別府温泉 駅前高等温泉 - なぜ「高等湯」が「ぬる湯」なのか

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12-11

1043

別府八湯温泉道

No.7

別府

駅前高等温泉

 

なぜ「高等湯」が「ぬる湯」なのか

 

平成30年5月20日訪問


 この日のラストは、駅前通りに優美な姿で立ち続けているこちらです。ここには「あつ湯」と「ぬる湯」の2つの浴室があり、源泉もそれぞれ専用で、かつては「並湯」と「高等湯」と呼ばれ、入浴料も¥100と¥300で違っていました。

 ではなぜ「高等湯」が「ぬる湯」なのか。単純炭酸泉が並湯で、硫黄泉が高等湯という泉質の違いでは説明が付きません。別府の地元の方々は日々の風呂代わりに温泉に入りますが、まずは身体や髪を入念に洗い、最後に熱めの湯にサッと浸かってすぐに出ていきます。それに対して旅行者は、ゆっくり湯に浸かり、温泉を堪能します。それで「あつ湯」が「並湯」で料金が安く、「ぬる湯」が「高等湯」で料金も高いという事になるのです。


 この日のぬる湯は貸し切りで、画像の浴槽は41℃ほど、脱衣所下の洞窟のような浴槽は39℃ほどでした。


 この後、別府駅のえきマチ1丁目のインフォメーションカウンターで、「BEPPU ONSEN SPACIALIST」の認定を申請しました。代表者の稲積さんが対応してくれて、認定カードと記念の手拭いを受け取りました。手拭いのデザインは流麗な文字で「別府八湯温泉道」と書かれていて、この書体は弘法大師空海が唐で学んだという「飛白体」のアレンジだろうと思いました。もうすぐ「BE@BEPPUカレーフェスタ」が始まるそうで、いろんな特典が用意されるとか、楽しみですねぇ。

あつ湯:ナトリウムー炭酸水素塩泉、50.6℃、PH77.7、成分総量1054mg、微弱黄色・澄明・殆ど無味・殆ど無臭 H28.2.4 メタケイ酸213

ぬる湯:単純泉、44.9℃、PH7.3、成分総量934mg、無色・澄明・無味・無臭 17/7/27

0円

(七段無料券)


別府温泉 ゲストハウス松亀荘 - 温泉カルテに書かれていた「カツオブシのような芳香」

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12-10

1042

別府八湯温泉道

No.210

別府

ゲストハウス

松亀荘

 

温泉カルテに書かれていた
「カツオブシのような芳香」

 

平成30年5月20日訪問


 次に訪ねたのは北浜のゲストハウスのこちら。この辺りは再開発の渦中にあるようで、大江戸温泉物語になった「清風」、星野リゾートに譲渡され取り壊しが完了した旧「花菱ホテル」、今年に入ってからも「ホテル雄飛」と「旅館すえよ志」が廃業しました。

 こちらも経営者が変わったようで、古色蒼然たる旅館がインバウンド向けのゲストハウスになりました。ここの支配人はAPUの大学院を卒業したスリランカ出身の方で、日本語も堪能な様です。別府では乱立気味のゲストハウスですが、海外からの旅行者にとって外国人のスタッフがいる安心感は、宿選びの決め手になるのかもしれません。


 半地下の浴室には不思議な形をした浴槽が一つあり、食塩・重曹泉が掛け流されています。旅館時代の「温泉カルテ」が掲示されていて、「わずかに黄色透明の湯は、重曹のためつるつるする。味は、食塩の塩味と重曹の薬味の混じったもの。温泉の香りもかすかにあり、モール臭と土塁臭が混ざって、カツオブシのような芳香にもなっている。湯上りに弱いすべすべ感も残る。」と表現されていましたが、「カツオブシのような芳香」を感じることはできませんでした。



ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉、58.3℃、ph7.8、成分総計2,182mg

0円

BE@BEPPU無料)


別府堀田温泉 堀田温泉 - 朝日を浴びた湯は微かに白濁しているように見えた

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12-9

1041

別府八湯温泉道

No.127

堀田

堀田温泉

 

朝日を浴びた湯は微かに白濁しているように見えた

 

平成30年5月20日訪問


 今日の目的は、2月に発刊されたインバウンド向け別府ガイド本「BE@BEPPU}の8湯巡りを完遂して、「BEPPU ONSEN SPACIALIST」の認定を受ける事です。

 今朝は「薫風」と呼びに相応しい爽やかな風と、明るい青空が広がって、由布・鶴見の山々は清々しい姿を見せていた。


 最初に訪ねたのは市営堀田温泉で、午前中にもかかわらず駐車場は満車状態だった。浴室に通ると、内湯は薄墨色でタマゴスープ状の湯の花が無数に舞っていた。


 露天風呂に出ると、軒先にツバメが巣をかけていて、親鳥は盛んにえさを運び、腹をすかせたひな鳥がピイピイと餌をねだる様子が間近に見られた。

 朝日が浴びた湯は微かに白濁しているように見え、微細な硫化水素の結晶が舞っていた。


 

 別府温泉地球博物館の「別府温泉辞典」に、「環境省の統計によると、平成23(2011)年3月末現在、日本全国では27,671の源泉が登録されていますが、そのうち、動力泉は19,886、70%強を占めています。今や日本の温泉は、「湧き出す」と表現するのは、必ずしも適切ではないような状態になっています。「別府温泉地球博物館」では、原則として、それぞれを「自噴量」および「揚湯量、または揚水量」と表し、両者をまとめて表すときは、「採取量」を用いることにします。」と書かれていて、安易に「湧出量」と表現する事で自噴しているかの如き誤解を生むことを戒めています。

単純泉、45.8℃、PH7.8、成分総量999mg、無色・澄明・弱塩味・無臭 18/3/22

¥210


豊後大友家の 「二階崩れの変」を巡る吉弘兄弟の「義と愛」 歴史小説「大友二階崩れ」

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豊後大友家の 「二階崩れの変」を巡る吉弘兄弟の「義と愛」 

赤神 諒 著 「大友二階崩れ」

 

 2017年12月、第9回日経小説大賞(選考委員:辻原登、高樹のぶ子、伊集院静)を高い評価で受賞した小説「義と愛と」を改題、作品の舞台となった戦国時代の史実をタイトルにして世に問う本格歴史小説。

 

  「BOOK」データベース、「天文19年(1550年)、九州・豊後(現在の大分県)の戦国大名、大友氏に出来した政変「二階崩れの変」。時の当主・大友義鑑が愛妾の子への世継ぎのため、21歳の長子・義鎮(後の大友宗麟)を廃嫡せんとし、家臣たちが義鑑派と義鎮派に分裂、熾烈なお家騒動へと発展した。謀略、裏切り…揺れる家中での勢力争いに明け暮れる家臣たちの中で、義鑑の腹心にして義鎮の義兄でもある吉弘鑑理は一途に大友家への「義」を貫き、その弟の鑑広は数奇な運命で出逢った姫への「愛」を貫く―乱世に生きる男たちが命を賭して守り抜いたものとは。九州・豊後の戦国大名家に出来したお家騒動、重臣一家を通して骨太に描いた本格歴史小説。第9回日経小説大賞受賞。 」

 


 「二階崩れの変」の真相は今も謎に包まれている。この小説のなかでも、その謎は明かされていない。吉弘鑑理は主任の命に従い長子・義鎮を殺害しようとするが果たせず、変が治まった後にその責めを負わされる事になる。

 「義」を重んじ、時に不器用に生きる兄鑑理と、妻や子への「愛」を貫き、兄を助ける弟鑑広を通じて、男として、武士として、家長として、父として、夫として、戦国をいかに生き抜くべきかを問う物語だ。

 義鑑・義鎮・鑑理・鑑広・鑑連と登場人物の名前がややこしいのが一番の難点だが、これは我慢するしかない。

 主人公の吉弘鑑理があまりにも武骨で、その割にすぐに泣きだす男として描かれていて、そこに若干の違和感を感じた。

 

 作者の赤神諒氏は、京都市生まれで弁護士にして上智大学法科大学院で環境法を教えているという変わり種。大分県とは縁もゆかりもなく、受賞記念の座談会で「新人作家ごときが信長、秀吉、家康という大家が書いてきたものに何か付け足せるかというと、全然自信がない。誰も書いていないような、おもしろい武将がいないかと北の北海道から探していったところ、九州の大友家に行き着きました。大友家は、源平の平家に少し似ているかと思います。九州の6カ国を支配して、絶頂期を築くものの、いろいろな理由で最後はとことん追い詰められ、崩壊寸前に秀吉が九州に上陸する。ドラマチックな歴史を持った家です。」と、大友家を取り上げた理由を語っています。

 今後の出版予定として、7月に「大友の聖将(ヘラクレス)」と、9月に「大友落月記」の刊行が決定しているそうで、大友氏を巡る興味深い小説が続々と出版されるようで、実に楽しみです。



地獄+極楽ハイキング 観海寺~別府温泉コース ガイド・レポート

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地獄+極楽ハイキング ガイド・レポート

観海寺~別府温泉コース

 

 別府温泉地球博物館主催の地獄ハイキング2018年度の第一回は、平成30年5月12日(土)、温泉マイスター限定で観海寺~別府コースでの開催でした。

 この日は五月晴れの好天に恵まれ、陽だまりでは汗ばむほどでしたが、街路樹の下では時折、爽やかな風が吹き抜け、初夏を満喫するハイキングになりました。


 14:30に富士見通りの京都大学地球熱学研究施設に集合し、竹村先生をはじめ参加者7名で元気に出発しました!!

 今回は昨年来の宿題だった、「地獄+極楽ハイキング」にすべく、ハイキングコースを踏破した後、竹瓦温泉で汗を流し、蕎麦屋で乾杯という趣向です。

 

 スタート地点の京都大学地球熱学研究施設は、1923(大正13)年に設立されました。施設のHPには、「地球上で最大規模の火山・地熱温泉活動域のひとつである中部九州地域を巨大な実験装置とみなして,野外観測・調査や物質科学的・理論的解析を行い,熱現象の総合解析を推進しています.さらに,これらの結果を全地球的規模で展開する同様の研究結果と合わせて,地殻表層からマントル・核にいたる熱構造と熱現象の解析を進め,総合科学としての『地球熱学』の構築を目指しています。」とその研究目的が記されています。


 

 この建物は1922(大正12)年に竣工した煉瓦造り、地上2階半、地下1階、煉瓦タイル張り、建築面積510㎡の建物で、文化遺産オンラインHPによれば、「中央部に塔屋を持つ煉瓦造の研究施設。平面はL字型である。設計は京大施設部の永瀬狂三。煉瓦の赤と石貼りの白との対照や、イオニア式を模した柱頭飾りを持つ特徴的な外観で、別府湾を見おろすシンボルとして親しまれている。」とあり、1997(平成9)年に登録有形文化財に指定されました。


 明治44年に九州財界の大物の出資により、現麻生副総理の曽祖父麻生太吉が社長となり、別府温泉回遊鉄道㈱という会社が設立されました。流川通→山の手(鶴見園)→鉄輪→亀川→旧国道→別府港桟橋を結ぶ回遊電車を走らせようという壮大な計画が持ち上がり、本社建築用地としてここが選ばれたそうです。計画は途中で頓挫し、その後、京都大学に譲渡され、現在の建物が建築されたという事です。

 

 一行は富士見通りを横断し、山の手町の住宅街を進みます。大正時代末期に高級住宅地として分譲された山水苑はこの界隈で、かつては紅紫迎賓館と呼ばれた旧麻生別荘がここにありました。また、現「複合商業施設山の手ライフガーデン」の場所には、富士紡績の創業者和田豊治氏の別荘「致楽荘」がありました。昭和13年に中山悦治氏に所有権が移り中山別荘となり、別府を代表する別荘建築といわれました。

 別府市街地は西から東方向に下っている事は誰も知っていますが、この辺り地形は北から南方向にもかなりの下りであることが判ります。つまり、朝見川断層方面が低地になっているのです。

 

 途中、日蓮宗本光寺で「別府石」の石垣を見学しました。「別府石」とは、鶴見岳をはじめとする火山から、火砕流や土石流として流れ出してきた角閃石安山岩の事で、別府では古くから石垣や石塀の材料として使ってきました。灰色と赤色の2つの色合いがありますが、赤は溶岩が冷え固まる過程で、酸化したためこの色になったという事です。


 

 更に進むと門構えの立派にお宅があり、ここの石垣にも別府石が使われていますが、一部はレキ岩が混じっています。このレキ岩は大野川流域で産するもので、わざわざ遠くから持ってきたものなのか、その来歴は謎のままです。また、9万年前の阿蘇山大噴火の際の火砕流が冷え固まってできた阿蘇溶結凝灰岩で作られた石垣のお宅もありました。この石は比較的柔らかく、加工が容易なため、切石として積まれている事も多い様です。

 

 朝見川にかかる「いちのいで橋」に到着しました。ここからのけぞりそうな急坂を上った先に、「いちのいで会館」という仕出し屋があります。ここは時間の経過とともに湯の色がコバルトブルーから青白濁に変わる、ナトリウム-塩化物泉の「青湯」で有名で、多くの温泉マニアの心をとらえています。

 橋の対岸には別府市温泉給湯事業の雲泉寺貯湯タンクがあります。湧き水を貯めた堀田沈殿槽を起点に、井田位泉源や前八幡泉源で加熱された噴気造成泉が、ここの泉源でも再加熱され、朝見や浜脇地区の共同浴場や公共機関に送られています。


 

 別府ラクテンチ下の乙原集落には、別府金山の坑道跡があります。別府金山とは、「日本の産金王」といわれた木村久太郎が、1903(明治36)年に乙原山で採掘を始めたもので、最盛期の1913(大正2)年には金20kg(現在価値で約1億円)、銀36kg(現在価値で約240万円)を産出しました。しかし、堀り進むうちに高温の温泉が噴き出し、杭夫が火傷することが度重なり、1916(大正5)年に操縦中止に追い込まれました。

 金山採掘のために広大な土地を所有していた木村は、山上までケーブルカーを敷設するアイデアを思いつき、1929(昭和4)年に「遊園地ラクテンチ」を開園し、多くの観光客を呼ぶことになりました。

 坑道跡の見学をしていたら、すぐ前のお宅の方から声がかかり、この奥にももう一つ坑口があるとの事で、ご案内していただきました。穴は土砂で半分ほど埋もれていて、中に入る事は出来ませんでしたが、貴重な体験ができました。

 

 

 原町のある民家の石垣は、別府金山の坑道から出てきたと思われる、「バリ」と呼ばれる熱水変質岩が使われていて、石英の結晶が観察できました。


 

 

 ここからは流川通をまっすぐに下って行きます。途中でJR日豊線の下をくぐりますが、この辺りは海抜10.5mで、津波が来たら線路の先まで逃げろと言われるのは、海抜10m以上の所に避難せよという事の様です。

 

 流川4丁目の交差点に「伊能忠敬測量史跡」の記念碑が建っています。伊能忠敬は1810(文化7)年2月に来別し、ここにあった高札場に江戸日本橋より263里(1052km)という測量標を設置しました。

 

 ここから商店街を通って竹瓦温泉に向かいました。竹瓦温泉は1878(明治12)年に創設された別府温泉を象徴する市営温泉です。現在の建物は1938(昭和13)年に建設されたもので、文化遺産オンラインHPによれば、「中央は入母屋造の2階建で,1階が休憩所や脱衣所,2階が床・棚付の畳敷大広間になる。浴室は東側に突出する平屋建で,西側の寄棟造の平屋建は砂風呂になる。変化に富んだ外観や正面の唐破風玄関など,重厚かつ豪華なつくりで,温泉街の象徴的な存在である。」と説明されています。


 明治21年に神戸でコレラが流行した時、波止場に船が入ると、警察官と役場の衛生係が消毒箱で衣類を消毒し、人は竹瓦温泉に入れて防疫に努めたらしく、竹瓦温泉は汗がすぐ乾く泉質である事から、別名「乾液泉」と言われるのですが、この当時は悪名高く「検疫泉」と呼ばれていたそうです。


 

 

 竹瓦温泉の裏手に波止場神社があります。1878(明治3)年、初代日田県知事の松方正義により別府港が築かれ、波止場の鎮守としてこの神社がお祀りされました。

 「神様、仏様、稲尾様」と言われた西鉄ライオンズの稲尾和久投手は、神社のすぐ横の路地で生まれ、漁師だった父親を助けて舟を漕いだり、神社の境内でキャッチボールをしたりして、幼年期を過ごしました。


  

 また、この辺りの砂浜には温泉が湧いており、どこを掘っても天然の砂湯になりました。貝原益軒の「豊国紀行」には、「別府の町中に川あり、東に流る、この川も温泉湧出、その下流に朝夕、里の男女浴す、また海中にも温泉いづ、潮干ぬれば浴するもの多し、潮湯なれば殊に病を治す」と江戸末期の様子が記されています。

 そして海岸近くの低湿地帯では、畳表の原料の七島イやショウガが栽培されていました。砂浜は別府湾でとれるイリコと七島イを干す筵が一面に並んでいたそうです。

 

 今日のゴールの北浜海岸に到着しました。かつての砂浜の姿はなく、高潮対策の堤防が海と陸を隔てています。別府で唯一残された自然の海岸が、亀川の上人が浜で、ここに市営の海浜砂湯がありますが、これも他所からの引き湯で砂を温める人工的なものです。長く続く白い砂浜と、そこで砂湯を楽しむ人々の姿を思い浮かべて、失くしてしまったものが愛おしくてなりません。


 

 2時間予定を少しオーバーして、全コースを踏破しました。いつもならこれで解散ですが、今日は極楽コースが待っています。竹瓦温泉で汗を流し、蕎麦屋「にはち」で乾杯、そば三昧のコースを堪能しました。

 

 「地獄ハイキング」2018年度前半は、6月9日と6月30日を予定しています、多くの方々のご参加をお待ちしています。ありがとうございました。

 また、次回の「地獄+極楽ハイキング」は10月以降に開催する予定で、日程は別府温泉地球博物館のHPで告知します。こちらもよろしくお願いします。

 



大分大深度地熱温泉 天然町温泉 -  モール泉らしい強いツルツル感

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117-3

226

その他の温泉

大分県

天然町温泉

 

大分市明野北5-1-43

 

モール泉らしい強いツルツル感

 

平成30年5月13日訪問


 次に訪れたのは明野団地内にひっそりとあるこちら。高層マンションの敷地の奥に、一軒の戸建て住宅があり、その敷地の一部に小さな湯小屋が佇んでいます。


 入浴料を払うと開くドアの先に、小さな脱衣所があり、その先に浴槽一つだけのシンプルな浴室があります。


 薄い紅茶色のモール泉が掛け流され、洗い場を流れ下っていました。この季節だとやや熱めの湯で、モール泉らしい強いツルツル感がありました。


 あまりにも地味な存在のためか、ネットで検索してもほとんど情報はありませんが、人の手が何も加えられていない「そのままの湯」で好感が持てます。

 前回は洗い場が滑りやすく危険な感がありましたが、今回はそれもちゃんと解消されていました。

ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉、51.9℃、
PH8.9、成分総量1034mg 
弱黄褐色・微弱白濁・殆ど無味・微弱硫化水素臭・微弱鉱物臭 H26.10.30 メタケイ酸181

¥300


ぶんご温泉 高田の湯 - 真夏の時期だけでも源泉掛け流しになれば

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98-2

225

その他の温泉

大分県

ぶんご温泉

高田の湯

 

大分市下徳丸36-1

 

真夏の時期だけでも源泉掛け流しになれば

 

平成30年5月13日訪問


 大分市を流れる大野川と乙津川の三角州に高田地区があり、輪中集落がある事で知られています。

 大分合同新聞刊「おおいた遺産」によれば、「古くから高田地区に住みついた人々は大野川とともに暮らしてきた。「母なる川」は多くの恩恵を与えてくれたが、その半面、たび重なる洪水で人々を痛めつけた。そのため住民は江戸時代以降、中州を堤防で囲んだ。高田輪中集落の誕生である。」とあります。


 その高田地区にあるスーパー銭湯がこちらで、大浴場や乾湿2種類のサウナ、露天風呂、気泡風呂、打たせ湯、電気風呂、水風呂を備えています。露天風呂を除く浴槽は循環・消毒・加温の3点セットで食指は動きませんが、露天風呂は二酸化炭素・重曹泉です。源泉は35.9℃のややぬるめのため、熱交換で45℃ほどに加温されているので、せっかくの炭酸味が感じられません。真夏の時期だけでも源泉掛け流しになればと願わざるを得ません。



含二酸化炭素-ナトリウム・マグネシウム-炭酸水素塩泉、35.9℃、PH6.6、成分総量4908mg、
無色・微弱白濁・中炭酸味・弱金気味・炭酸による刺激臭 H24.3.8
CO
²1090 炭酸水素イオン4908 メタケイ酸201 Fe7.1

¥350


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