海心堂の温泉逍遥

日本一のおんせん県おおいた(別府八湯温泉道、奥豊後温泉文化伝)を中心に、九州の温泉(九州温泉道)の入湯記録

堀田温泉 立ち寄り湯 夢幻の里春夏秋冬

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1071  別府八湯温泉道 No.193

堀田温泉 立ち寄り湯 夢幻の里春夏秋冬

 

♨散り落ちたモミジが浮かんでいました♨

 

平成30年11月25日訪問

 

 硫黄の香りに包まれたくて、こちらを尋ねました。園内は晩秋の装いで、モミジやイチョウはまだ見頃ですが、サクラはすっかり葉を落としていました。






 駐車場は満杯になるほどの盛況ですが、大浴場は先客一人だけで、すぐに貸し切りになりました。適温の白濁の湯に浸かっていると、散り落ちたモミジが浮かんでいました。湯中の枯れ葉は好きではありませんが、この季節だけは格別な気分になります。







 岩風呂の周囲にはアオキやツバキなどの常緑樹と、下草としてシダがが植えられていますが、モミジも一本だけありました。




 耳を澄ますと、少し離れた場所にある源泉のゴウゴウという音、クロガネモチの赤に実を食べに来た野鳥の甲高い鳴き声、浴槽に吹き込まれる噴気の音が聞こえてきます。園内を流れる谷川の吊り橋からは、鶴見岳の山頂とロープ―ウェイの山頂駅が間近に見えました。


 




【分析書データ】単純硫黄泉(硫化水素型)、64.8℃、PH6.28、成分総量577mg、強白色・弱混濁・微弱塩味・強硫化水素臭 2015.9.25 鉄Ⅱ0.9 遊離硫化水素3.8 遊離二酸化炭素295.9 メタケイ酸85.1

 




入浴料 260円(名人会割引)


浜脇温泉 松原温泉

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12-36/1070  
別府八湯温泉道 No.12

浜脇温泉 松原温泉

 

♨貯湯タンクを設置して、湯温が保てるようになった♨

 

平成30年11月25日訪問

 

 前を通りかかって、清掃の中断タイムまで30分あったので、ここで一湯いただく事にしました。





 今年の1月の入湯記録には、「ここの浴槽は2つに仕切られていて、いつもは源泉が投入される側はかなり熱めなのだが、この寒さのためかいつもよりぬる目だった。」と書いています。今回はしっかり熱めの湯で、心なしか土類味が増したようでした。







 浴後に番台のおばちゃんに聞いてみると、新たに貯湯タンクを設置して、湯温が保てるようになったとこの事でした。つまり、一旦タンクに貯めることで、休憩中や入浴者がいないときにはタンクに溜めて、必要な時にはこれまでよりも豊富に源泉が供給できるようになったという事なのでしょうか。


 別府八湯温泉道の加盟施設で、浜脇温泉に含まれていて、自家源泉なのはここだけですから、貴重な存在なのです。


 

【分析書データ】炭酸水素塩泉


 

入浴料 100円

鉄輪温泉 地熱観光ラボ「縁間」

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12-35/1069  
別府八湯温泉道 No.201

鉄輪温泉 地熱観光ラボ「縁間」

 

♨鉄輪らしいダシ塩味が地獄蒸しを美味しくする♨

 

平成30年11月24日訪問

 

 地獄ハイキングを無事完歩した後は、こちらで極楽コースです。昼間は絶好のハイキング日和で汗ばむほどの陽気でしたが、日が暮れると肌寒くなってきました。しかし心配はいりません、足湯に浸かりながら地獄蒸しを賞味し、ビールで乾杯という趣向です。



 ここの源泉「えんまの湯」は99.7℃の沸騰泉ですが、竹製温泉冷却装置「湯雨竹」で適温に冷まされて、足湯に使用されています。噴気は地獄蒸し釜で使われるのはもちろんですが、高級ブランドいちご「桃薫」温室の冬場の暖房と、吸収式冷温水器で気化熱を利用して冷風を送り出し屋内の冷房に利用しています。



 もちろん、入浴できる貸し切り湯もあります。画像でもわかるように鉄分の含有を予感させますが、飲泉からその痕跡はほとんど感じられず、鉄輪らしいダシ塩味が地獄蒸しを美味しくするのだなぁと感じました。

 

【分析書データ】ナトリウム-塩化物泉、99.7℃、PH3.9、成分総量3844mg、無色・澄明・無臭 27.4.24 メタケイ酸387.2

 

入浴料 食事で無料


明礬温泉 鶴寿温泉

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1068  
別府八湯温泉道 No.57

明礬温泉 鶴寿温泉

 

♨泉質のバラエティーを楽しめるのが明礬温泉の自慢♨

 

平成30年11月24日訪問

 

 今日は別府温泉地球博物館主催の地獄ハイキングが明礬湯の里からスタートしますが、集合までには少し時間があるのでここで一湯いただきました。



 浴室には週に3回は日出町から通って来られるという先客があり、ゆるゆると温まっておられました。下の分析書データは平成21年のもので、その後湯温の低下に伴い源泉が変わっているので、緑礬泉の泉質名や数値は違っています。この日の湯温は45℃ほどで、加水せずに浸かる事ができました。



 明礬温泉は地下30cmほどの浅いところに地熱があるため、十分な水と出会うことなく噴気として地表に出ます。わずかな水に溶け込んで湧き出すのが酸性泉や硫黄泉、緑礬泉や明礬泉です。

 鶴寿泉のすぐ上の山田屋旅館は緑礬泉、となりの湯元屋旅館は明礬泉で、すぐ下の岡本屋旅館は酸性泉と硫黄泉です。わずか50m四方ほどの狭い範囲内で、これだけ泉質のバラエティーを楽しめるのが明礬温泉の自慢でしょう。

 

【分析書データ】酸性・含鉄(Ⅱ、Ⅲ)-硫酸塩泉、61.8℃、PH1.7、成分総量1583㎎、弱白色・弱混濁・強塩味・弱鉄味・弱自然臭 21/3/6


入浴料 無料

キリシタン南蛮文化交流ツアー

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キリシタン南蛮文化交流ツアー

 平成30年11月18日(日)、大分市主催の「キリシタン南蛮文化交流ツアー」に参加しました。

 国東市・日出町・大分市・臼杵市・津久見市・竹田市・由布市の7市町村は、キリシタン・南蛮文化交流協定協議会を結成しています。大分県下にはキリシタン・南蛮文化に関する歴史・文化遺産が数多く残っており、これらを全国・世界に紹介して、大分県の魅力を発信しようとするものです。





 11/18にこのツアーが実施されたのは、日本人として初めて聖地エルサレムを訪ね、その後ローマで司祭となり、日本に戻ったあとは厳しい禁教下で布教を続け、最後は穴吊りの刑で殉教したペトロ・カスイ岐部の列福10周年の記念シンポジウムが、彼の生地国東市国見町で行われていて、これに参加するためです。

 36名の参加者を乗せたバスは最初の訪問地、日出町の大分トラピスト修道院に到着しました。

 大分トラピスト修道院は、カトリック教会に属する厳律シトー会(トラピスト会)の日本で2番目の男子修道院で、正式名称は厳律シトー修道会・お告げの聖母修道院といいます。1980(昭和55)年7月11日に開設され、現在、盛式誓願者10名(司祭2名を含む)、修練者1名、計11名が所属しているそうです。




 別府湾の見下ろす小高い丘の上に建つ修道院は、俗世間との交流を絶ち、祈りと労働に明け暮れる場所ですから、見学できるのはクッキー製造工場と売店、そして紹介パネルと聖遺物のある展示室のみで、修道士の生活を窺い知る事は出来ません。この展示室でフランシスコ・ザビエルの聖遺物(右腕の皮膚)や ペトロ岐部と187殉教者の聖遺骨に手を合わせました。

 敬虔な思いを胸に抱きながら、次に向かったのは日出町の日出城址二の丸館です。

 ここでバスを降り、海沿いの遊歩道を日出漁港まで歩きました。大神漁港の底引き網漁船3艘が港に接岸し、参加者は12名づつに分かれて船に乗り込みます。別府湾の中央部で停泊すると、北西方面に鹿鳴越連山とハーモニーランドの観覧車が見えました。西方向は鶴見岳と扇山、それに続く別府の街並みと鉄輪の湯けむりが見えます。南西方面には高崎山があり、南の方向は大分市の臨海工業地帯の工場群、さらに佐賀関半島と高島が続いています。東方面に四国の佐田岬が見えるはずですが、霞んでいて確認できませんでした。






 船は城下海岸近くに移動して、船上から日出城址と旧成清家日出別邸で国の重要文化財の的山荘を眺めます。この海岸に真水の湧き出す場所があり、ここで育つマコガレイは臭みのなく、高級魚の城下カレイとして珍重されています。




 船は港に戻り、バスで昼食会場へ向かいました。

 昼食後、バスは国東市国見町のみんなんかんホールへ向かいます。


 ここでは、「ペトロ・カスイ岐部神父列福10周年記念シンポジウム」が行われています。村田佳代子氏の基調講演の一部を拝聴しましたが、日本人として次にカトリックの「聖人」になるのは、ペトロ岐部と高山右近だろうと話されていました。




 日本人で聖人に列せられているのは、1597(慶長元)年に豊臣秀吉の命令によって長崎で磔の刑に処された日本二十六聖人のうち20人の日本人と、1633(寛永10)年から1637(寛永14)年にかけて長崎で殉教した聖トマス西と十五殉教者のうち9人の、合計29人です。


 島原の乱で指導者であった天草四郎は、過酷な年貢の取り立てに対する信徒の反乱で、信仰への弾圧に対してではないので、福者に列せられていませんし、今後も可能性は低いのだそうです。 


 個人的考えですが、天正遣欧少年使節 の一員で、帰国後に 穴吊りの刑で殉教した中浦ジュリアンこそが、「聖人」に相応しいと思うのですが。


 この後は、ソプラノ歌手の村田望さんのミニコンサートを聞かせていただきました。

 最後の訪問地は国東市国東町の「弥生のムラ 国東市歴史体験学習館」です。ここは弥生時代から古墳時代初期にかけての貝塚や集落の遺跡で、国の史跡に指定されています。


 弥生時代の生活を体験できる施設として整備されているのですが、六郷満山文化の指定文化財特別展示「祈り 念じ 拝す」という展示会が開催中でした。この施設の目的に合わず、今回のツアーとも乖離していて、違和感すら感じました。



 日本にキリスト教が伝来したのは 1549(天文18)年にイエズス会のフランシスコ・ザビエルによる布教と言われています。キリシタン大名として知られる大友宗麟が生まれたのが1530(享禄3)年で、家督を継いだのは1550(天文19)年、二十歳の年でした。そして、その翌年の1551(天文20)年にイエズス会宣教師・フランシスコ・ザビエルに府内で謁見します。伊東マンショら4人の少年を天正遣欧少年使節としてがローマへ派遣したのが1582(天正10)年で、この頃が豊後府内のキリシタン・南蛮文化の最盛期だったのでしょう。


 

 宗麟は1587(天正15)年に没しますが、この年にペトロ・カスイ岐部が今の国東市国見町で生まれ、豊臣秀吉によるバテレン追放令が出されたのもこの年です。


 1613(慶長18)年に徳川幕府によるキリスト教禁教が全国に下知され、ペトロ岐部がマカオからローマに向かったのは翌年の1614(慶長19)年です。ペトロ岐部は1630(寛永7)年に日本に帰国し布教を続けますが、、1639(寛永16)年に仙台で密告逮捕されて、江戸に送られ穴吊り刑を受け、7月4日に腹を火で炙られ、殉教しました。


 日本キリスト教史と宗麟の生涯はぴったり一致し、宗麟とペトロ岐部の生涯はまったくのすれ違いです。宗麟はキリスト教と幸せに過ごし、ペトロ岐部はキリスト教と苦難とともに過ごしました。


 それ以来、1873(明治6)年まで260年間、キリスト教禁教は続きました。


 宗麟の時代にキリシタン・南蛮文化が 花開いたといわれる豊後府内にその痕跡はほとんどなく、わずかにのこる隠れキリシタンの遺物に面影を追い求めるのみです。


 今後もキリシタン・南蛮文化に心を寄せつつ、いつの日か府内ゼウス堂跡が発見されることを願っています。

鉄輪温泉 砂原温泉

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12-34/1067  別府八湯温泉道 No.144

鉄輪温泉 砂原温泉

 

♨一般の鉄輪の湯とは泉質が違います♨

 

平成30年11月11日訪問

 

 この後、JTBの鉄輪アカデミックツァーで25名にお客様にガイドを努めますが、その前にここで一湯頂きました。




 先客がすぐにあがられたので、ほとんど貸し切りでお湯を頂きましたが、H28.10に改装して2年余りですが、浴室の手入れ不足を感じました。浴槽の縁にひび割れがあったり、壁の下部に湯垢がこびり付いていたり、窓ガラスが割れていたり。





 ここは鉄輪温泉に含まれますが、一般の鉄輪の湯とは泉質が違います。成分総量2.6gの塩化物泉はすこし薄め、PHも弱アルカリ性で、メタケイ酸の含有量も196mgと少なめです。分析書によると、硫酸イオンが372mgとやや多くことがここの特徴のようです。塚原温泉火口乃泉は日本を代表するナトリウム-硫酸塩泉ですが、同じように鉄やアルミニウムが溶け込んでいるのかもしれません。

 

【分析書データ】ナトリウム-塩化物泉、91.9℃、PH8.7、成分総量2624mg、無色・澄明・無味・無臭、自噴、掘削222m 22/8/6 メタケイ酸196.8 硫酸イオン372.5

 

入浴料 100円

第3回別府ONSENアカデミア

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第3回別府ONSENアカデミア

 平成30年11月10日(土)、別府ビーコンプラザで「温泉の様々な魅力を検証し、大切な資源である温泉を守りながら、国内の多くの温泉地とともに新たな温泉の可能性を全国、そして世界に向けて発信する温泉のシンポジウム」、第3回別府ONSENアカデミアが開催されました。




 10:00からの開会式に続き、「別府八湯の温泉資源保護の現状と取り組み」と題するシンポジウムでスタートしました。コーディネーターは東海大学海洋学部教授の斎藤雅樹先生で、「別府は地熱と人が近い町」で、「温泉に関する自然科学研究の成果が蓄積されている稀有な町」との紹介がありました。


 パネリストのおひとりの環境省自然環境整備課温泉保護利用推進室長の山本麻衣氏は、「温泉法」を所管する部署の責任者です。


 日本温泉地域学会会長で温泉評論家の石川理夫氏は、今年6月発刊された「温泉の日本史」の中で、奈良時代に編纂された「豊後国風土記」を取り上げるとともに、「別府は温泉の多目的利用の先進地」と紹介してくれました。


 もう一人のパネリストは、日本温泉地域学会理事長の濱田眞之氏です。


 最初に別府市温泉課の中村さんから、2016年以来3年連続で実施している「せーので測ろう!別府市全域温泉一斉調査」の目的、実際の活動内容、これまでの成果、今後の課題と展望の報告がありました。






 パネリストの山本氏は、モニタリングとデータ収集を継続的に行う事が重要。旅館・ホテルなどの温泉管理者による日々のチェック内容を把握できれば、よりタイムリーな情報になりうるとの提言がありました。


 次に別府市環境課環境企画室の堀さんより、「温泉発電に対する市の取り組みについて」の報告がありました。温泉資源の保護のため、①アボイドエリアの追加、②掘削前にモニタリングの実施や地熱資源調査の実施、事前説明会の開催などを行う事の義務付け、③別府市温泉発電等対策審議会での事前審査を行う等の、市条例の一部を改訂が実現しました。





 また、県に対し温泉掘削を規制する特別保護地域と保護地域のエリア拡大を建議し、県環境審議会温泉部会は、内規の改正が実現したとの報告がありました。


 最後に大分県生活環境部自然保護推進室長の橋本さんより、「別府市の温泉資源保護対策について」の報告があり、①地域規制、②距離規制、③口径・深度規制、④動力規制の4つの規制により、「おんせん県おおいたの基盤となる温泉資源を将来にわたって持続可能な利用ができるよう、必要な保護対策に取り組んでゆきます。」と結ばれました。


 事例紹介に時間が割かれ、パネリストによるディスカッションの時間が十分に取れなかったのが惜しまれますが、将来にわたって別府の温泉資源を守って行こうとする強い意志の感じられるシンポジウムであったと思いました。

 第2講は、研究発表 ㈱バスクリン製品開発部開発3グループ長薬学博士石澤太市氏による「温泉成分と日々の健康入浴法」です。()バスクリンの研究結果を踏まえ、健康維持に適した入浴法等の紹介がありました。







 午後一番の第3講は、「新・観光立国論」の著者のデービッド・アトキンソン氏による講演「温泉地別府でのインバウンド向け体験型観光」でした。





 これから人口減少社会になっていく日本にとって、インバウンドとりわけ欧米からの長期滞在者の存在が重要で、体験型アクティビティの提供や、受入れ態勢の整備等についての提言がありました。日本の持つ最大の強みは「自然」であり、日本ほどに「多様性」のある自然を持つ国はないと喝破されました。


 「少子化が経済の足を引っ張る日本。出生率は、すぐには上がりません。移民政策は、なかなか受け入れられません。ならば、外国人観光客をたくさん呼んで、お金を落としてもらえばいいのです。
この国には、
世界有数の観光大国になれる、潜在力があるのですから。



 日本の潜在力と世界の観光産業の隆盛を考えれば、
2030年までに8200万人を招致することも、決して不可能ではありません。それを成し遂げることで、日本経済には「第2の高度成長期」が訪れるのです。」と提言されました。


 そして狙うべきは韓国・中国・台湾などの近隣諸国ではなく、欧米の長期滞在者なのであり、彼らは体験型アクティビティを求めているということです。

 第4講は、日本航空㈱経営企画本部地域活性化推進部 部長竹田亨氏の講演会「温泉とビジネスパーソンの業務効率向上」でした。





 JAL職員に、4泊5日の鉄輪温泉滞在中にテレワークと、温泉、食、観光を組み合わせたモニターツアーに参加させ、旅行も仕事も両立させ、さらに環境を変えて仕事をすることで業務効率を上げる新しい働き方についての講演でした。

 

 最後は、国立病院機構西別府病院の松田貴雄による講演会「トップアスリートと連携した温泉入浴によるリカバリー効果の検証」でした。



 松田医師の監修のもとで、競輪選手やパラアスリートをモニターとし、温泉入浴と睡眠に関する実証実験を行った結果の講演でした。筋肉量が多いアスリートは、気温が高い夏場の睡眠が浅く、疲労回復が難しいことが懸念され、温泉入浴を効果的に取り入れることで、睡眠が深くなり、リカバリー効果を高めることが出来ることを、科学的に検証した成果の発表でした。


 ゲストとして、松田医師に指導を仰いでいる日本競輪選手会大分支部所属の大竹慎吾選手と、日本パラ・パワーリフティング連盟アスリート委員会委員長の城隆志氏 も登壇されました。

 10:00から17:00までの長丁場のシンポジウムでしたが、内容がバラエティに富んでおり、飽きることなくすべてを拝聴しました。時間配分がタイトで、質疑応答の時間がなかったのが残念でした。講師と参加者の意見交換を、このシンポジウムの眼目にしたいものです。   

第6回しんけん大分学検定

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第6回しんけん大分学検定


 平成30年11月3日(土)、「第6回しんけん大分学検定」が行われ、県内外の117人が受検しました。

 難題のスペシャル問題は、
①大分麦焼酎の利き酒、又はカボス飲料の飲み比べ(2択)
②3枚の画像から「沈堕の滝」と「鶴御埼灯台」を答える(3択)
③3つのドローンの映像から海岸の名前を答える(5択)
④3つの民謡を聞いて市町村名を答える
⑤3つの温泉に触れて、嗅いで、温泉名を答える(3択)  
の5問でした。



 一般問題は8分野100問ですが、 過去問題は出題しない事になっているので、なかなかの難関です。そのせいか「重箱の隅をつつく」かの問題も中にはありますが、時宜を得た問題が多く、よくできた設問になっていました。ただ、新たな挑戦者にはハードルが高すぎて、挑戦意欲を削ぐ結果になっていないかと心配です。

 個人的には方言の問題が難関でした。10問中4問しか正解できませんでした。たとえば、「いかれん」の意味は、(①行くな、②だめだ、③胃が痛む)のどれでしょうか。という問題、「いかれん」には「行けない」の意味がありますが、「腰が痛おち 何んもかも いかれんでぇ」という用法では、「どうにもならない」という意味になり、これが正解の「②だめだ」なのでしょうか。複数の意味を持つ言葉は用例を示して出題すべきでしょう。

 一般問題100問中45問が記述問題で、たとえばくじゅう連山の四季をテーマに、芹洋子がNHKみんなの歌で初めて歌い、その後ヒットした曲は何でしょう。では、正解は「坊がつる讃歌」です。曲名ですからこの答えしかないのですが、ここにあるキャンプ場は「坊ガツルキャンプ場」で、「坊ケづる庵」という定食屋があったりします。記述問題としては無意味に難問になっているようです。

 もう一問、江戸時代の大分県は、8藩7領に分かれていました。このうち、7領とは、幕府領(天領)、(   )領、旗本の時枝領、立石領、他国領の熊本藩領・島原藩領・延岡藩領を言います。 答えは「宇佐神宮」ですが、「宇佐八幡」では不正解でしたが、どうなんでしょうか。


 特に難問と思われたのは、

【㉝終戦時の降伏文書に署名した重光葵が、今の杵築市で少年期を過ごした木造の屋敷は(①無迹庵、②天承庵、③草庵)と呼ばれています。 ①無迹庵

㉟江戸時代末から明治中期にかけて畑作を猪や鹿から守るために作られ、主に佐伯市の鶴見や蒲江で見られ、高い部分では2mにも及ぶ石を積み上げた構築物を何というでしょうか。 シシ垣

㊺シイタケは、発生する時期により、「春子」「藤子」「秋子」「寒子」とも呼ばれます。 ○

【62、現存する日本最古の石造り沈み橋は、杵築市山香町にあります。その橋の名前は 龍頭橋

【63.5年に一度実施される国税調査によれば、大分県の人口が最も多かったのは(   )年の127万7199人です。 1955などでした。


 このレベルの問題で110点以上を叩き出すのはかなりの困難で、過去5回で上級合格を果たした人は一人しかいません。平均点も毎回60点ほどに止まっています。


 11/8大分合同新聞夕刊の発表では、「最高点は120点満点中105点を取った砂田光江さん(51)=神奈川県=で、2年連続4回目のトップ賞となった。4回目となるこども検定の最高得点者は120点満点中100点の白石晴輝さん=佐伯市鶴谷中3年=だった。 検定は19歳から83歳までの117人が受検。県内各地のほか、福岡県3人、大阪府2人、熊本、千葉、神奈川、長崎の各県から1人ずつ受検した。一般の平均点は59・9点。大分学上級(110点以上)の認定はなく、中級(90~109点)10人、初級(60~89点)45人だった。 」という事です。


 私自身は90点で第10位、ギリギリの成績で6年連続の中級合格となりました。     

大分市温泉 王子温泉

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284 九州温泉道NO.148 大分県

大分市温泉 王子温泉

 

♨オイルショックで、この名湯を掘り当てた♨

 

平成30年11月3日訪問

 

 この日の2湯目は大分市で最も古い歴史を持つ温泉銭湯のこちらです。大正2(1913)年創業で、今年で105年の歴史を重ねています。

 

 近くにフレスポ春日浦というショッピングモールがありますが、元は大分師範学校(現、大分大学教育学部)と付属小学校の跡地で、その後大分県立春日浦野球場となり、老朽化のため平成17(2005)年に閉場し、ショッピングモールとして生まれ変わりました。

 

 この付属小学校の校門前で文房具店を商っていたのが、日本画家福田平八郎のご両親で、生家の跡は小さな公園となっています。





 

 はじめは普通の銭湯だったのですが、オイルショックで燃料が高騰したとき、意を決して温泉を掘り、見事にこの名湯を掘り当てたそうです。





 湯はかなり色の濃いモール泉で、香りは弱いのですが、強いツルツル感があります。カランの湯も温泉で、源泉の個性がより強く感じられました。


 

 

【分析書データ】ナトリウム-炭酸水素塩泉、50.0℃、PH8.57、成分総量1095mg、メタケイ酸159、腐植質

 

入浴料 380円



甚吉の湯

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127-3/236 その他の温泉 大分県大分市今津留2丁目5-19

甚吉の湯

 

♨馥郁たるモール臭があります♨

 

平成30年11月4日訪問

 



 国民文化祭が開催されているからという訳ではないのですが、週末ごとにイベントへの参加にかまけて、温泉修行は滞りがちです。昨日も午後から、「第6回しんけん大分学検定」に挑戦してきました。

 



 少しだけ時間が空いたので、近場で温泉巡りをと自宅から2km程のここを訪ねました。ワンルームマンションの一階にあり、賃貸物件付属の銭湯のような感じですが、もちろん一般に開放されています。



 

 大小ふたつの浴室があり男女日替わりなのですが、この日の男湯は小浴室でした。湯は紅茶色のモール泉で、塩化物泉ながら味はなく、馥郁たるモール臭があります。泉温43℃の適温で、弱いツルツル感がありました。



 

【分析書データ】トリウム-塩化物泉、45.6℃

 

入浴料 300円


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