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Author:海心堂
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 別府八湯温泉道名人
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別府明礬温泉 岡本屋旅館 - リニューアルした岡本屋で贅沢三昧♪

 

10-80

932

別府八湯温泉道

NO.62

明礬

岡本屋旅館

 

リニューアルした岡本屋で贅沢三昧♪

 

平成29年7月23日訪問


7月某日、別府八湯名人会から「リニューアルした岡本屋で贅沢三昧♪」なるイベントのご案内があった。「昨年の地震から補修工事が終わった明礬温泉 岡本屋旅館さんから名人会の皆さんを無料ご招待したいとの案内がありました! 入浴、ランチ(たまごサンド・地獄蒸しプリン・鳥天・コーヒー)全て無料でご招待なのでお時間がある方は是非お越しくださいませ
」。なんとも太っ腹にして有り難いイベントで、もちろん参加させていただく事にした。



当日は13:00より、男子有志による風呂場の清掃が行われ、女子向けには岡本屋の湯の花を原料にした石鹸・クリームによる美肌レッスンが行われた。



その後はお待ちかねの庭園露天風呂での入浴。男女の参加者26人が、混浴で岡本屋自慢の「青磁色の神秘の湯」、単純酸性硫黄泉を楽しんだ。



そして、岡本屋売店名物の地獄蒸しプリン、タマゴサンド、とり天、りゅうきゅうにコーヒーの豪華ランチへ突入、その美味を存分に堪能した。岡本屋さん、ありがとうございました。


 

大分県立図書館の「豊の国情報ライブラリー」によれば、「別府で初めて明礬を作ったのは渡辺五郎右衛門で、江戸時代前期のことでした。その後、脇儀助(儀右衛門、儀左衛門とする資料もある)が明礬山を開きます。当時、明礬山は森藩と幕府領とに跨っていて、森藩側が鶴見明礬、天領側が野田村明礬と呼ばれていました。明礬の製造そのものは幕府が渡辺家に特許を与えて保護し、後に脇家に支配を任せていました。天保の改革(1830年)の際、幕府は製造を中止し、森藩の直営一本になります。幕末には、山奉行岩瀬謙吾が藩の代表として明礬製造を支配しました。明治維新からは、大分県の直営になりましたが、外国からの新技術を取り入れた他県産のものや輸入品に押され、明治17年、湯の花製造と旅館の開業に転向しました。その後、交通の発達とともに旅館も増加していき、明礬地域は湯治場として発展していきます。皮膚病に効くという湯の花の評判と相まって、昭和10年代と戦後の一時期、明礬温泉は黄金期を迎えることになります。」とある。

 

ここに出てくる「山奉行岩瀬謙吾」が岡本屋の先祖で、旅館の創業は1875(明治8)年、屋号は出身地である岡本村(現在の竹田市)から来ているそうだ。


 

さて、連日の猛暑で湯巡りがペースダウンしているが、ようやく別府八湯温泉道10巡目の十段完了。7/29は「湯~園地」のボランティア、8/6は「第7回別府八湯検定」に挑戦、暑い夏がまだまだ続きそうだ。

酸性・含硫黄-単純泉(硫化水素型)、74.4℃、
PH2.6、成分総量516mg、
無色・澄明・中酸味・弱硫化水素臭 H27.6.23
メタケイ酸153 HSO³21.4

¥0(特別ご招待)



テーマ:温泉♪
ジャンル:旅行

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