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Author:海心堂
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「2017おおいた遺産」モニターツァー 宇佐市・豊後高田市・国東市編

 

 

2017おおいた遺産」モニターツアー

宇佐市・豊後高田市・国東市編

 

 一般社団法人大分学研究会では、今年度「おおいた遺産」を巡るモニターツアーを5回シリーズで開催しています。その第二回は宇佐市・豊後高田市・国東市編で、平成29年8月27日(日)に開催されました。

 「おおいた遺産」とは、大分合同新聞社が創刊120年を記念して、2007年から3年間にわたり、一般読者の489件の応募の中から、辻野功別府大学教授(当時)を座長とする選考委員によって選定された、未来に残したい大分県の景観、祭、建築など120件の遺産を言います。

 

 大分駅前を8:30に出発したバスは、別府北浜でここからの参加者と合流し、別府ー宇佐道路を進み、院内インターから最初の訪問地の「宇佐神宮」へ向かいました。


 宇佐神宮の駐車場で出迎えてくれたのは、本日の案内人の文殊仙寺の秋吉文暢副住職です。寄藻川にかかる神橋を渡り、清々とした参道を進むと大鳥居がみえてきました。宇佐神宮の鳥居の特徴は、笠木(一番上の横木)と島木(笠木のすぐ下の横木)の反りが強く、貫(下の横木)が貫通し、島木の下に黒の台輪がはめられている事だそうだ。




 能楽殿の浮かぶ菱形池には古代ハスが咲き乱れ、我々を出迎えてくれました。上宮へ参道が大きく左に曲がる所の右奥に、宇佐八幡の神仏習合の象徴である弥勒寺(宇佐八幡の神宮寺)の遺構があります。創建当時の弥勒寺は金堂、講堂、東西の三重塔を回廊で囲む壮大なもので、奈良の薬師寺の伽藍配置と同一のものです。明治維新の廃仏毀釈で廃寺となるまでは、表参道の左側に伽藍が甍を連ねていたそうです。


 養老4年(720年)隼人が反乱を起こすと、八幡神は大和朝廷軍とともに南九州に赴き、3ヵ年を費やし抵抗する隼人を平定します。その際に100人の隼人の首を持ち帰り、近くの「凶首塚」に葬りました。そして、隼人の霊を慰めるために放生会を創始しますが、殺生の罪を悔いた八幡神が仏に救いを求め、これが神仏習合のはじまりだそうです。
 鬱蒼としたイチイガシの原始林の中を登って行くと、壮麗な西大門と一の鳥居があり、その先が国宝の宇佐神宮本殿および県指定文化財の南中楼門(勅使門)です。回廊の奥には左から、八幡大神(応神天皇)を祀った一之御殿、比売大神を祀った二之御殿、神功皇后を祀った三之御殿が並んで建てられています。


 本殿は「八幡造」といい、切妻平入の建物が前後につながった形式で、前後の建物は黄金の雨樋で繋がれており、「宇佐の金樋」といわれます。


 

 先を急ぎましょう。次に向かったのは豊後高田市「昭和の町」の平清水旅館で、名物豊後高田蕎麦の昼食をいただきました。揚げたての天ぷら、新鮮なお刺身、挽き立て・打ちたて・茹でたての春そばを二八でいただきました。食後に昭和ロマン蔵を散策して、次に向かいました。

 

  次は田染の蕗(ふき)地区にある国宝「富貴寺」です。平泉の中尊寺金色堂、宇治の平等院鳳凰堂とともに日本三大阿弥陀堂に数えられ、九州最古の木造建築物です。


  大分合同新聞社刊「おおいた遺産」に次の記述があります。「他の満山寺院と同じく仁聞の開基とされ、カヤの一木で作られたとの伝承があるが、大堂は平安後期の建築。宇佐神宮の大宮司家の祈願所として守られた。明治末の解体修理の後、先の戦争で近くに落とされた爆弾で破損するなど一時は荒れていた。修復して1952(昭和27)年に国宝に指定、60年代半ばに再修理された。」

 堂内には本尊の阿弥陀如来坐像(国の重要文化財)や仏を取り囲むように描かれた阿弥陀浄土図などの板壁画(国の重要文化財)があり、平安の人々の浄土への思いが感じ取れました。

 

 次に向かったのは、半島のほぼ中央に位置する「両子寺」です。駐車場から境内に入ると、正面に不動明王を祀った護摩堂があります。堂内で住職の説明を聞いた後、休憩所で冷たい飲み物や菓子・スイカの接待があり、一息つきました。


 木立に囲まれた参道を下り、中門を過ぎると、高さ2m以上もある石造の仁王像が現れます。


「おおいた遺産」では、「仁王像は半島で最も威容を誇るとされ、1811(文化2)年の作。山門もまた、半島で最も古いとされる。参道は桜から夏の緑と移り、秋には紅葉のトンネルとなる。そして冬、仁王像は雪の綿帽子をかぶり、ちょっぴり穏やかな表情を見せる。」と記されています。

 

 この後、最後の訪問地の「文殊仙寺」に向かいました。峨眉山文殊仙寺は日本三文殊の一つに数えられ、1370年前に役行者によって開かれたとされる国東半島最古刹の寺院です。

 国東六郷満山は、養老2(718)年に宇佐八幡の化身である仁聞菩薩により開かれたとされ、来年が開創1300年にあたります。

 本尊の文殊菩薩は、中国の五台山から迎えたといわれ、12年ごとの卯年に御開帳される秘仏ですが、六郷満山1300年祭にあたり、6年目の今年は特別に中開帳されています。


 380段の急な石段を上った先に立つ本殿文殊堂で、特別に護摩焚き祈願が行われ、一同汗だくになって護摩の火に祈りを奉げました。本尊文殊菩薩は木造の獅子にまたがる金銅製の小さなお姿で、岩屋の下の厨子に納められていました。


 

 お天気に恵まれ、というか恵まれ過ぎていささか暑かったのですが、副住職の丁寧な案内のおがげで、「神仏習合」というものを体感できたツァーでした。

                        



テーマ:温泉♪
ジャンル:旅行

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