海心堂の温泉逍遥

日本一のおんせん県おおいた(別府八湯温泉道、奥豊後温泉文化伝)を中心に、九州の温泉(九州温泉道)の入湯記録

鷺来ヶ迫鉱泉 俵屋旅館 - 入浴は叶わず、飲泉しただけ

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その他の温泉

大分県

鷺来ヶ迫鉱泉

俵屋旅館

 

臼杵市大字藤河内六ケ迫1827−1

 

入浴は叶わず、飲泉しただけ

 

平成30年7月16日訪問


 坂ノ市から臼坂バイパスを通り臼杵市を目指します。バイパスの終点から、熊崎川沿いの細い道を2kmほど遡った先に、六ケ迫鉱泉があります。

 

臼杵市のHPによれば、「六ヶ迫という名の由来は、定かではありませんが、言い伝えによれば元文年間(173640)に、一羽の白鷺が足を痛めてこの谷に飛んで来て、谷川に十七日間浴し、傷癒えて飛び去ったことにちなみ、この名が付いたと伝えられています。(中略)時に寛延三年(1750)、臼杵藩主泰通公(九代)が病に伏しておられたので、(多福寺七世を継いだ西江)禅師はこの鉱泉を奉納したところ、たちまち全快したということです。泰通公は、西江禅師に命じて薬師堂を建立し、湯治場とするに至ったということです。」とありました。



 

 この薬師堂があるのが俵屋旅館ですが、訪ねてみると立ち寄り湯が16:00からに変わっていました。館内にはもう一つの源泉の「鷺来ヶ迫鉱泉 白鷺源泉」があり、これを薪ボイラーで温めた湯に入れます。


 下流の水汲み場の隣に「しらさぎ荘」という旅館がありましたが、今は廃業しています。という訳で、今回は入浴は叶わず、飲泉しただけに終わりました。「ろっかさこ」には2つの表記がありますが、開湯伝説からは「鷺来ヶ迫」が相応しく感じますが、記述しやすいので「六ヶ迫」が使われているのかもしれません。いずれにせよ、古くからの飲泉湯治場は、存亡の曲がり角にあるようです。



海心堂

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